仕事場に向かうべくいつも通りの時刻に最寄駅のホームで電車を待っていたら、ふと逆方向の電車に乗ってみたくなり数分前に降りてきた階段を急ぎ足で駆け上る。
一番大きいサイズのホットコーヒーと駅弁を買って、ひとつ隣のプラットフォームに降りると丁度反対方向に向かう電車が滑り込んできた。
読みかけの小説もライカもかばんに入っている。なぜかハッセルとフィルムも入っている。
退屈な日常を振り切って元気いっぱいにサボるのである。おとなの散歩だ。さぁいくぞ。
iPhone 11/VSCO
東海道線は西へ西へと速度を上げて進む。
初めは雑居ビルばかりだった車窓の景色が次第に住宅街になり、住宅の間に雑木林が増えてきたかと思ったら海岸線に出てしばらく海と並走する。
読んでいた本を置いて窓の外を眺めると一面の海原が美しかった。
地図で見るとちっぽけな湾でしかない相模湾も、こうして眺めていると世界の全てのように思えるほど大きい。
静岡県民から怒られるかもしれないが、富士山は山梨側からしか見たことなかったし、なんなら山梨県にあるものだと思っていた。
新幹線で頻繁に通り過ぎていたものの、下車したことがなかった静岡県。今回縁あって人生初の静岡散策することになった。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
熱海駅で伊東線に乗り換えると、ボックス席とベンチ席が混在した客車にまず面食らう。
エスカレーターの並び方だとか電車のシートだとかは、文化圏が違う土地にきたと気付かせてくれるのがいい。
時間的余裕がなかったので手が出なかったけど、これでもうひとつ駅弁なんて買えたらさらにワクワクしたんだけど。
窓の外をボンヤリ眺めながら、熱海から伊東線に40分くらい揺られて城ヶ崎海岸駅で下車したのだが、駅のホームに作られた足湯はコロナ対策で閉鎖されており、とてもがっかりした。足湯の閉鎖とコロナ対策はあまり関連性がないのに。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
気を取り直して、海に向かってぶらぶら歩いていくと城ヶ崎海岸に出る。
ここは大室山の噴火で流出した溶岩流が海に入り込み形成された土地なので、絶壁と巨石がゴロゴロ転がるとても面白い場所。
吊り橋の高さが40-50m近くあり、そこから眺める海岸線は千葉や湘南のそれとはスケール感が全然違う上にピクニカルコースなんて可愛らしい名前がついてるくせにアップダウンも激しく柵もないので歩きようによっちゃ結構ヤバいんじゃないかな。
落ちたら死ぬわこれ…と思ったら現に落ちて亡くなった人だとか流されちゃった人がいるらしく中々に侮れない。
HASSELBLAD 500CM/Planar 80mm F2.8/Ilford DELTA100
吊り橋から見えるツバクロ島にどうにか接近したくて、カドカケと呼ばれる岩場に周り、人が登っていいのか判らない岩場を登ったところからハッセルで数枚撮った。
足元の海流の流れは速いし、海風に押されて後ろに倒れたら3メートルくらい落ちること確定の中でフィルムの入れ替えもきちんとやれたエライ!これは素晴らしい一枚だ!
…と思ったのだが、現像後にiPhone11で撮った写真と比べてみたら、iPhoneの写真が異様に精細だったのとスクエアフォーマットの寸詰まり感にしゅんとした。
iPhone11
いくらハッセルだプラナーだと言っても、所詮は50年前の機材だから仕方ないよね。俺が欲しい絵はデジタルの絵じゃないんだし。気にしてなんかないし。
…
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…
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…
とか言いながら、物欲の悪魔がM10-PとC Biogon 21mm F4.5のセットとかどうだ?デジタルでビシッと風景決める。そんな男にならないか?あれこれ持ち歩かなくて済むぞ。楽になれよ、と語りかけてきた。
なれるもんならそんな男に自分もなりたい。なれるもんなら。
HASSELBLAD 500CM/Planar 80mm F2.8/Ilford DELTA100
海岸を眺めながらぶらぶら歩いていると、時折テクスチャの異なる大きな石を目にすることがある。
明らかに他とは違う石なのに、これがどこからきたのかさっぱりわからないのが面白い。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
風光明媚といえば確かにその通りなんだけど、モノクロフィルムで撮ると若干地獄絵図のように見えなくもない。
岩場と海の写真なんて賽の河原っぽくなっちゃったし。
いやー、ここに落ちたらそりゃあ死にますわ。
HASSELBLAD 500CM/Planar 80mm F2.8/Ilford DELTA100
ピクニカルコース自体はそんなに長くないので30分程度で終点に到着する。
この散歩道の終点にあるのは魚見小屋と言って、その昔ボラ漁のために作られた作られた小屋らしい。この中で寝泊まりをしてボラの魚群を探していた場所なんだそうな。
この後ろにぼら納屋という食事処があったけど、時間とお金に余裕のない私はスルーした。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
満開の河津桜が風にそよぐ様を眺めてM10-PとC Biogonの物欲を冷ますことしばし、城ヶ島海岸の散策を切り上げて来た道を引き返すことにした。
なんと伊東方面行きの電車が一時間に一本か二本しかないのだ。
急ぎ熱海に戻る。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
熱海市街はとても面白い街だ。
海抜0mの海岸まで熱海駅から直線で500mしか離れていないのに、海岸に着くまでに70mも降らなければならない上に、無数の小道や裏通りがびっしりと走り、所々に昭和のリゾートマンションや平成期の分譲マンションが経ち、それらの隙間にバラックやら廃墟がぎゅうぎゅうに詰まっているのである。
とにかく、階段階段階段。そして坂。すごい。膝殺し。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
この街には都市計画なんてものはまるで無いも同然で、海岸から市街を見上げると東洋のファベーラとでも表現したくなるような雑多さと彩りで、この坂の街が埋められているのである。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
私は都市設計を学んだ一人の人間として、この街の雑多さはとても好ましいと思う。
都市計画の不在というのは、言い換えれば住民ありきで自然発生的、淘汰的に都市の形が作られて来たのだから、究極的に民意に沿った民主主義的なあり方であり、とても有機的なように感じるからである。
行政や政治が主導して作った都市に、人間味や人の営みを感じる魅力を感じるものは無いと言っていいし、世界を見渡しても成功事例と呼ばれる都市計画はクリチバくらいしか聞いたことがない。
ましてや資本が資本の屁理屈で作った都市に魅力的なものが生まれることはない。
大体はアウトスケールしてしまうか近視眼的な商業的な計画になるため、使い勝手の悪いゴミのような都市か時間の流れにあっさり陳腐化される都市を生み出すのである。
お台場の寂れた商業施設だとか豊洲のスケールアウト感、これから渋谷が向かうであろう先を想像すれば、資本や行政のやる都市計画の不毛さを理解いただけると思う。
それに比べてこの熱海のくたびれっぷりと過密さ、混沌さときたら!!…いやもう非の打ち所がない程に面白い。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
もうね、路地とレトロと理不尽と配管と廃墟が「これでもか!」ってくらいに押し寄せてくるの。
この街は建築の目で眺めても写真撮りの目で眺めてもあまりに面白いので、地震やなにかにかこつけて再開発されたら嫌だなぁ。
このバラックの並ぶ土地で青空市が出来たら素敵だな、とか廃墟ビルの一部をリノベしてミニマルテクノイベントやったら楽しそうだなとか、裏路地で壮大なかくれんぼとか、海でフルムーンパーティとか…と楽しそうなことしか思い浮かばない。
たぶん私の興味に同意してくれる人なんてほとんどいないと思うけど、この街をカメラぶら下げてぶらぶらするだけでもとても楽しい。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
ありきたりな表現になるけど、この街でフォトウォークなんてやったらきっと面白いだろう。
面白い街並みと美味しい食事、そして温泉。全てがこの街に揃っているんじゃないかとさえ思えてしまう。熱海を拠点に広大な伊豆半島を撮り歩くのもいい。
城ヶ崎海岸の先にもさらにいろんな風景がありそうだし、緊急事態宣言なんてものが明けたらこっそり近々またここに足を踏み入れたいと思っている。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Kodak Tmax400
OK!伊豆半島!またね!