「ねぇ、もし手元に一本だけレンズを残すとしたら何がいい?」
この世界にカメラが普及してからというもの、世界中で幾度となく好事家や男女の間で交わされた他愛のない会話だろう。
「さぁ、わからないよ」
男は素っ気なくそう答えて目線を逸らす。
カメラやレンズの好みは女性の好みに似ている。過去に何度となく考えたけれど、この問いに対する答えは本当にわからないのだ。
今持ち出しているレンズはもちろん自分の好きなものだけど、明日何を持ち出すかなんてわからないし、一年後に好きなものはもちろん変わっているだろう。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Adox CHS100II
「いつも偉そうに理屈ばかり並べるくせに、自分の好きなものも解らないのね」
目線を外し、憎まれ口を叩くように、半ば呆れたように遠くを見つめながら女は呟く。
男は返す言葉に迷いながら、ふと窓の外に目をやると太陽が少しずつ傾きかけている。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Adox CHS100II
「今年はこのレンズを使い続けるかな。そのうち気が変わるかもしれないけど。」
男はグラスの横に置いたカメラを撫でながら、嘯くように他人事のようにそう切り返すと、テーブルの上の伝票をつまみ上げ、ウェイターに会計を急かした。
夕暮れは近い。まだ少し写真が撮れるかもしれない。
LEICA M6/Super Angulon 21mm F3.4/Adox CHS100II