analogue life

シンプルな暮らしとフィルム写真のこと

平山さんに会いたい

エンドロールが終わって最後のカットを眺めた後、架空の存在であるはずの平山にもう一度会いたくなった。

無口で愛想もなく、気の利いたことを言えるわけでもない一人の地味な架空の男がひょっとしたら身近にいるかもしれない。そんなリアリズムと期待を胸に席を立った。

素晴らしい映画はスクリーンの外に世界が広がっていき、登場人物が一人歩きをはじめるものだと思う。ヴィム・ヴェンダースのPerfect Daysはまさにそのような映画だった。

判で押したようなPerfect Dayがいくつかずれてリズムを失っているパンフレットのデザインも素晴らしい。思わず買ってしまった。

 

映画Perfect Daysの下敷きになっている東京トイレプロジェクトは柳井康治さんが発案したものなので、どうしてもユニクロTOTOを先頭にした大資本の広報映像と捉えられる危険性を孕んでいたはずだ。ヴィム本人のコメントによると確かに当初は「トイレを中心にした短編ドキュメンタリー」を作る企画だったらしい。その後彼と高崎卓馬さんがもう一度このプロジェクトのあり方を検討した結果、平山というトイレ清掃員を中心にした映画としてシナリオをリライトしたことで独立した作品となったようだ。

 

ユニクロ電通という巨大資本がヴィム・ヴェンダースを担ぎ出して作った偽物の日本、という評価も目にしたけれど、純粋に映画だけを見れば隅々までヴィム・ヴェンダースの映画になっていると思うし、トイレという汚れ物を題材にしながら画面は清潔そのものだ。映画はドキュメンタリーではない。寓話なのだ。

当初はただのトイレプロジェクトの付属物だったものが、ヴィム・ヴェンダースと高崎卓馬さんの脚本と選曲、役所広司さんをはじめとした出演陣が素晴らしい映画に昇華させた。

 

役所広司さんの役は台詞も少なく劇的なストーリー展開もないので、何故彼にカンヌが賞を与えたのか初めはまるでわからなかったが、次第に彼が演じる平山の魅力に観客が絡め取られていくのだ。最後のシーンは平山の心の中にざわめく「木漏れ日」を役所広司が見事に演じ切った。このシーンが映画館を出てからもずっと後をひいている。

この映画はぜひスクリーンで観てほしい。

 

映画封切りの前のイベントでヴィムは次のように述べている。

People can only see it  on the screen or movie if you put it in. If you don’t see it people also can not see it. So you have to make effort to see it. If you see it. It can shows up.

I’ve never tried to force audience to notice it anything. You don’t have to see it actually it’s much nicer if you can see it without been force to see it.

人々はスクリーンに映ったものしか見えない。何かを見つけようと努めてはじめて「何か」が浮かび上がる。私は観客に気づきを押し付けたことはありませんし、強制されずになにかを感じ取れることがあればそれはとても素敵なことではないでしょうか。

ヴィム・ヴェンダース 東京映画祭2023にて

ヴィム本人が述べたようにこの映画は一度見ただけでは理解しきれない(人によっては気づきもしない)シーンや所作、回収されない伏線が至る所に織り込まれている。規則正しく同じ行動をする平山の365日の中で起きる不完全な揺らぎを木漏れ日に重ね合わせたプロットがストーリーとして誰の目にも明らかに提示されたり、気づかれることなくそっと挿入されていたりするのが面白い。

 

なぜ平山は小料理屋に行くときに腕時計をするのか、酒を飲みながら見上げたテレビで野球を見るシーンはなぜ必要だったのか、そもそも平山という名前は笠智衆のはまり役ではないか、よく見ると画面のアスペクト比は4:3だ…等々、注意深くスクリーンを観察することで色んな発見があるので、僕はもう一度(もしかしたらあと3回くらい)映画館に足を運ぶ予定でいる。

繰り返しになるけど、この映画はぜひスクリーンで観てほしい。

www.perfectdays-movie.jp