analogue life

シンプルな暮らし

喪失のスケジュール

突然降りかかったアクシデントにより「すわ一大事!」になる状態を世間的には人生のピンチと呼ぶと思うんだけど、最近の自分はじわじわと真綿で首を締められるように苦境に陥っていて、自分ではどうすることもできない蟻地獄に落ち込んでいる。

突然職を失った訳でも身内を亡くしたわけでも自分の余命宣告されたわけでもないので自分でも何だか大袈裟な書きっぷりだと思うけど、先日可愛がっていた猫の余命を聞いてしまったところから日常の景色が変わってしまった。

喪失の予定を与えられると、私たちは喪失イベントをかき集めて予定表を作ってしまうのかもしれない。

いずれ衰えていくであろう自分の身体のことやいずれ自立していく子供のこと、いつか固まってしまうであろうソファでスヤスヤ寝ている猫の寝顔、私たちの財産をむしり取るハゲタカ国家のこと、変わってしまうこの国や社会のこと。様々な形の「喪失」が頭の中をぐるぐると周り、強烈な焦燥感と無力感に取り憑かれてしまっている。

身体は大丈夫だし変わらずニコニコ過ごしているのに気持ちが崖っぷち。

2時間サスペンスのラストシーンで船越英一郎に相対している気分だ。サスペンスの船越英一郎は物語の主役でいわば正義に与する登場人物だが、今自分が相対している相手は形のないこの世界の澱みの集合体のようなものだ。

ハリウッドの映画のピンチは大体15分程度で終わるけど、僕のピンチはそれに比べて超絶長いものになるかもしれない。

 

今週のお題「人生最大のピンチ」

Tivoli PALのレビュー

最近自分のラジオ愛を文字に起こしている一方で「やっぱりラジオなんて今時誰も見向きしないよね」なんて不貞腐れてたら、Tivoli Audio PALを買った話をはてなブログさんにツイートして頂き有頂天になったので、せっかくだから続きを書いてみようと思う。

今回は簡単なPALの受信感度と音質評価、家にあったHomepod miniとの比較をやってみた。耳馴染みというのは恐ろしいもので、買った時は「?」だったHomepod miniの音質もずっと使っていると馴染んでしまったようだ。

今回PALと比較してみてその「?」がまたぶり返してきたので昨今のスマートスピーカーの傾向と合わせて考察してみる。

受信感度と音について

前回の記事でこのサイズとは思えない感度と音の良さ、なんて書いたあとにあまりに気分が乗ってしまったのでこのラジオの佇まいを動画に撮ってみた。ついでにYouTubeにアップしてみた。初めてのYouTubeアップロードがまさかラジオのレビューだなんて!

youtu.be

ボリュームノブは10時くらいでこの音量だ。17時まで回ることを考えたら十分すぎる音量と音質だと思う。NHK FMでたまたま流れてたブラームスだけど、どう?いい感じじゃない?モダンでハイファイな音と言うよりはどことなくふくよかな音が良いと思う。優しい。昨今のスマートスピーカーにありがちなギスギス感がなく、急かされない感じ。

HomePod miniと比較してみる

PALの入力をBluetoothにしてYouTubeにあった著作権フリー音源をMacBook Proから再生してみた。はじめはPALで次がHomePod miniなのでまずは先入観なしで聴き比べてみてほしい。

www.youtube.com

どちらも普段使いには良いスピーカーだと思う。

HomePod miniは無理やり低音を持ち上げて解像感を高めているのか、低音がモコモコし中音域がすっぽ抜けた音に感じる一方でPALは素直な音だ。デジタル音源を高解像度で再生すると言うよりは自然な音を表現するスピーカーって感じ。下から上まで癖がない。

この比較動画は録音レベルの問題か編集の問題か音が小さく聞こえるが実際はそこそこの音量で鳴らしている。ぜひイヤホンを通して比べてみてほしい。

ちなみに音量の設定を見るとPALの方がまだ余裕があるのでHomePod miniと比べるとPALの方が大音量で使えるようだ。

スマートスピーカーの音について思うこと

HomePod miniの対抗馬といえばおそらくSONOS Oneだと思う。

比較動画を見た感じだとHomePod miniの方が音質的にやはり厳しい。小さいサイズで良い音を鳴らそうとして無理やり低音を強調した結果どうにもアンバランスなアウトプットになってしまったように感じる。

どちらのスピーカーも音の解像感を重視して中域をすっぽぬいてフラットにしたような方向性だ。デジタル音源だとか映画のためにチューニングした感じ。

www.youtube.com

解像感重視の音作りは他のスピーカーでも似たり寄ったりだと思う。

ストリーミングで音楽を聴く今の消費者的にはこのチューニングが最適解かもなぁ・・・思う一方で、個人的にはHomePod miniもSONOSも耳と脳が疲れる音だと感じている。上から下まで満遍なくものすごい解像度で再生するソニー製MDR-CD900スタジオモニターにもこの傾向はあって、長時間使っていると音は素晴らしいのに何故かどっと疲れる感じがある。認識できる音や映像を一度に大量に押し込まれると、脳は一気に疲労するんだと思う。

MDR-CD900STはそもそも用途が違うのでHomePodやSONOSと同列で語るのはどうかと思うけど。

ちなみにこのヘッドホンは指揮者の呼吸や弦の擦れる音まで素晴らしい解像度で再生する素晴らしいプロダクトで、そこらのイヤホンでは再生されなかった音が聞こえる感覚は他では体験できない。そんなことあるのかよ・・・と思う方はぜひ試していただきたい。別の世界の衝撃を味わうことになるから。

Radikoで聴くかアナログラジオで聴くか

スマホのロックを解除してRadikoを立ち上げ、位置情報を読み込んだアプリが立ち上がったあと選局する…(ついでにスピーカーと接続もする)という手間をかけないと聴けないスマホラジオに比べ、スイッチを入れたらラジオ放送が始まるTivoli PALは恐ろしくシンプルだ。

このラジオにはスイッチとボリュームとダイヤルしかないので、勢いで作った動画のようにそこらに置いてスイッチをつければラジオが流れてくる。この手軽さにRadikoは到底太刀打ちできないだろう。

便利さとは別に、音質の面でもあまりRadikoは褒められない。

性質上どうしても高音域をぶった斬った放送しかできないAM放送に関してはもう断然Radikoの方が音がいいんだけど、FM放送をきちんとしたチューナーで聞くとRadikoの音の悪さが際立ってくる。

Radikoだけでラジオを聴いているとこの違いはどうでも良くなるんだけど、改めてPALでFM波を捕まえるとその音質の差に愕然とする。Radikoから出てくる音の情報量が圧倒的に少ないのだ。話にならない。

そんな訳だから、今後は電波が拾える局はPAL一択になるだろう。電波が拾えない局はスマホRadikoまたはTuneinで放送拾ってBluetoothRadikoに転送する。スマホRadikoでラジオを聴くのは外出先か非常時に限定されると思う。

今どきモノラルってどうなの?

そういえばスマートスピーカーが幅をきかせ始めた頃からモノラルスピーカーがやたら増えてきた気がする。AppleのHomePodだってSONOS Oneだって2本買わなきゃモノラルスピーカーだし。

モノラルってどうなのよ?って心配になったら近所の量販店に行ってHomePodかSONOSの音を聴いてみたらいいと思う。音楽聴く分には個人的には全然気にならないしモノラル勝負ならTivoliは全然負けてない。自分の好みを聞かれたら僕は断然Tivoli派だ。

一方映画となると話は違ってくる。この場合はSONOS一択。

SONOS OneにSoundbar、SONOS Subを組み合わせるとホームシアター構成にできるんだけど、この拡張性はHomePodにはないしTivoliはもうまるでお呼びもかからない。SONOS Oneを2本にSoundbar、Subを組み合わせると最低でも20万円からスタートなので全然安い買い物じゃないけど。

今日びのサラウンド設定がされている映画、何かが爆発してチューしてハグしてピンチになって正義の大勝利で90分が終わる興行映画は大体デジタルバンザイで作られているからSONOS一択じゃんね。

大画面テレビ買ってホームシアターの環境を20万円で整えられると思うとまぁ妥当…かもしれない。映画をあまりみないのでここはなんともいえないが、識者のレビューを読む限りとてもいいものなのだろう。

まとめにかえて:ラジオに3万円って高くない?

理屈で考えたらより機能の多いHomePod miniは税込¥14,800だしSONOS Oneは¥26,800だ。Tivoli Audio PALにはラジオとBluetoothしか機能がなく、SiriもAlexaも入っていない上にIoT家電とも連携しないものに3万円越えなんて高くない?という疑問は残ると思う。

がしかし、単刀直入に言うと僕はTivoli PALに3万円の価値はあると感じた。

まずTivoliのスピーカーの音質がとても良い。解像感を優先したモダンな味付けになっていないスピーカーから出る音は素直で、聴いていて疲れないのがいい。ラジオの受信能力も素晴らしいがもしお気に入りの局が入らなければサイマルラジオをPALに飛ばせばいいので、電波が弱いがために買った後に文鎮化することもない。

もしお気に入りの局がきちんと拾えるのであれな、前述のようにRadikoの音質があまりよろしくないので、スピーカーの設計とFM波の音質の良さの掛け算になり断然PALの圧勝になる。

デザインが整っていることもいい。

国産メーカーを中心にラジオはまだ生産されているとは言え、大体は非常時の手回しラジオだったりおっさん御用達の胸ポケットに入れるアレだったりする。家に置く美しいラジオと考えれば3万円は妥当だと思う。Model Oneを10年使ってる人の話もたまに耳にするけど、シンプルな製品だけに丈夫なのだろう。

機能が足りないことも気にならない。

そもそもSiriやAlexaに頼めることなんてたかが知れていて、天気教えてくれたりニュース読んでくれる機能なんてあったところであまり役に立たない。それどころか常に部屋の中でマイクがOnになっていて聞き耳立てられている方が個人的には気持ちが悪い。AppleAmazonがデータを収取していないなんて言っても、そんなもの空手形のようなものだ。約束はいつだって大資本の都合がいいように捻じ曲げられるのだ

そんな馬鹿な、大手企業がそんなことをやるはずがないと思うならばズボフの著作を読んでみるといい。いかにGoogleが薄汚いことをやってきたかが良くわかるから。

そんな連中から手を切れるのであれば、3万円なんて安い買い物だと思う。

 

filmmer.hatenablog.com

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21世紀にラジオを買う

ラジオをメディアの座から追い出したテレビがネットに駆逐されかかっている21世紀においてまさかのラジオ専用機であるTivoli Audio PALを買った。RadikoSpotifyのストリーミング放送を受信するスマートスピーカーではない。アンテナをぐいっと伸ばしてFM/AM波を受信するアナログラジオ(と言う表現が正しいか解らないが)である。ついでにBluetooth経由で音楽の再生もできる。

一通り音を出してみて製品として素晴らしくよくできていると感じた。まずは思うことを書き起こしてみる。

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機材なんてなんでもいいじゃない

そういえば最近Photo Yodobashiを見なくなった。

デジタルカメラの売上がここ数年で極端に落ちてしまったからか、久しぶりに覗いてみると更新の速度が昔ほどではなくなっていて熱量もなんだかトーンダウンしているようだ。いくつか上がっていた中華圏と思われる新興メーカーの記事がどうにもプロモーション記事っぽい印象が拭えなくてタブを閉じてしまった。4,5年前くらいはワクワクしながら見ていた記憶があるだけになんだかちょっと残念。

 

自分自身も最近「機材なんてどうでもいいよねモード」に入っている。

ことフィルム写真に関しては撮影と現像とプリントを自分でやり続けるうちに少しづつ自分のスタイルが固まってくるんだけど、その過程で当たりを連発してくれるレンズや使い心地の良いカメラが手元に残っている。

この際だからBlogに上げる写真に機材を付するのもやめてみる。

きちんとした品質管理の下で製造された新しい機材に比べてしまうと、自分が使う古いレンズは経年劣化もしているしそもそも製造時のばらつきも大きいものなので同じものを買ったとしても気持ちよく使えることはないかもしれないし。参考にならないと思う。

N0462022

N0472022

N0472022

あれ?・・・もしかしてこれって、世間で言うところの上がりってやつか?

私たちはガラスの檻の囚人なのだ

ショシャナ・ズボフ著「監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い」を読み直している。

ひたすらに長い上に似たような話が何度となく蒸し返されるのに日本語訳は¥6,000を超えてくる。あまりにも冗長なので「こっちの方が安いからー」なんてカッコつけて原著で読もうとした自分をぶん殴ってやりたい。ページをめくってもめくっても終わらない。

何かの間違いで自分に権力が転がり込んだらGoogleはじめMicrosoftAppleFacebookの偉い人を並べて片っ端からぶん殴ってやりたい、俺はお前らの安っぽい資源じゃないぞと叫びながらぶん殴ってやりたい。ページを捲るごとにそんな気持ちになること請け合いの本だ。GAFAの中でもamazonはまだ泥臭さが残る実業なので情状酌量の余地があるが、FacebookGoogleAppleなんかは虚業の色合いが強いのでメリケンサック付きでぶん殴るかツルハシでフルスイングしてやりたい。

ちょっと高いけど日本語で読むことをおすすめしたい。この文章をこのボリュームと重量感ある内容を日本語にした訳者は素晴らしいと思う。

ズボフの主張をざっくり要約すれば、インターネットは既に私たちのツールではなく巨大なIT資本のためのツールなのだ。

日々の私たちの検索や位置情報、行動や購買する商品の嗜好、ものを買う時間や場所、広告のクリック数や購買に至る時間は全て計測され機械学習を濾されてデータとして生成される。生成された断片のデータは統合され、私たちの過去の行動から「未来の行動予測」をAIが割り出していく。

この結果は私たちに広告を押し付けるだけにとどまらず、思想にあったおすすめ動画をさりげなく私たちに視聴させ投票行動すら左右する。未来予測は既に政治家にとってなくてはならない存在であり、彼らは既に巨大IT資本の奴隷のような存在なのだ。

スマートフォンは巨大IT資本と私たちをつなぐ窓のような存在であり、いわば「センサー」の役割を演ずる。もしこのセンサーがスマートフォン以外にも進出したらどうなるだろう?

いつの間にか各家庭に浸透したスマートスピーカーにはスマートフォンのようにマイクが内蔵され、私たちの会話や生活音を収集している。マイクやカメラ、位置情報、動作ログは私たちの生活にいつの間にか忍び込んでいて、私たちはSNSを通してあるいはスマートデバイスを操作することで自主的に私たちの行動を送信している。

スマートスピーカー同様にIoT家電は私たちの行動を収集する。

鍵を開ける時間や車を出す時間、車の運転ログ、エアコンをつける時間や設定温度、シャワーを浴びる時の行動だっていくらでも収集できる。収集した私たちの行動の断片は機械学習により整理され、AIによりもう一つの「私」が生成される。

巨大IT資本はプライバシーを保護すると声高に叫ぶけど、本書には彼らが行ってきたプライバシーを無視した行動とその実例がたくさん書かれている。

私たちはコンセント裏に仕掛けられた盗聴器には恐れるくせに、日々手放せないスマートフォンスマートスピーカー、IoT家電に対しては恐ろしく無防備だし、巨大IT資本に対して無警戒すぎる。つまるところ、今の私たちはガラスの檻に自ら喜んで入る囚人なのだ。

通勤電車のつり革に捕まる男女の腕に巻かれたApple Watchをぼんやり眺めながら、自由で開かれたはずのインターネットはこの世界から消えていると考えている。なんだかディストピアっぽい世界にずるずる引き込まれているような気もする。