analogue life

シンプルでアナログな暮らし

写真集のすゝめ

ごく親しい人との写真やプライベートな写真だけを集めた写真集を10年くらい前から不定期に作っていた。

 

引っ越しだとか転職、パートナーとの関係が変わったような節目に合わせて、それまで撮っていた写真をまとめた自分のためだけの写真集。もちろん販売はしないし、それこそ自分用に1冊だけ作っていた高コストな冊子。

 

STILL LIFEという名前を与えたこのシリーズは、再現性のない一瞬をどうにか捉えようという趣旨で作っていた。大袈裟にいえばその場限り、その瞬間かぎりの寸劇のような写真集。

 

 

子供が生まれたあとあまりの忙しさと余裕のなさで2018年を最後にやめてしまったのだけれど、昔の写真を眺めていると20代後半の頃に接続していた社会や人間関係、感情的もしくは性的な繋がりや指先で辛うじて捕まえていたあやふやな希望のようなものからすっかり離れてしまったことに気が付き、写真集をペラペラめくりながらとても複雑な心境に巻き込まれた。

 

ノスタルジーという言葉で雑に纏められない、ほんのりメランコリーな郷愁でも苦味の後に訪れる仄かな甘い思い出でもない大きな喪失感、取り戻せない時間への後悔とあの頃の自分への嫉妬めいた思いがまぶされたグロテスクな感情。これが所謂ミッドライフ・クライシスというやつなのか…と思うとやりきれない気分になり本を閉じた。

 

ぼんやり生きていたらずいぶん遠くまで来ちゃったなぁ…という思いと、いつの間にか自分の人生をエンジョイしない人になっちゃったなぁという気付き。

 

今の自分の不完全燃焼感がちょっと悔しくて、もう一度写真集を開き、山のような写真の合間からその時の自分の気持ちや人生のエンジョイ方法を手繰り寄せようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過ぎ去ってしまった過去をどうこう言っても仕方がない。

色々と思うことはあれど、テーマと区切りを決めて普段撮っている写真を形にすることは素晴らしいことだと思う。

 

写真の束をいざ冊子にしようとすると、写真とその写真たちに纏わりつく思いを整理しようと真剣に頑張るし、その結果がどうあれ完成した写真集は素敵なものになるはずなのだ。写真を趣味にしている人でなくても写真集は作る価値はある。

 

10代の頃、20代の頃にしか撮れない写真って絶対にあって、同じ人間が撮っていても住む場所や付き合う人との関係が変われば途端に写真が違うものになってしまうし、写真を始めた頃や人生を楽しんでいる頃の熱量は絶対に取り戻せないと思う。

 

「いま」を撮ることは大事なのだ。それがぱっと見つまらない写真だったとしても。