毎年のことだけど、桜の季節はあっという間に過ぎ去ってしまった。
モノクローム写真ばかり撮っているからか、ここ数年は桜の花にあまり興味がなくむしろ桜の枝ぶりばかり眺めているような気がする。
ずっと桜の枝と春霞を眺めていると、水墨画の世界にトリップしたような気分になる。
桜の花は脇役なのだ。
HASSELBLAD 500CM/CF Planar 80mm/Kodak Tmax400
桜が咲き始める時期と時を合わせるように、今まで葉を落としていた木々から一斉に芽が顔を出す。
あれよあれよという間に山が緑で覆われる様は、この世界が急ぎ足で目を覚ましたかのよう。
HASSELBLAD 500CM/CF Planar 80mm/Kodak Tmax400
春になると日頃あまり興味が向かない花とか風景の写真を何故か撮りたくなる。
色が一斉にあふれる季節だからリバーサルフィルムで撮ればいいのに・・・と内心思うこともあるけど、何故かモノクロームで撮ってしまうのは、この美しい世界を永遠に固定したいと思うが故なのかもしれない。多分ね。
HASSELBLAD 500CM/CF Planar 80mm/Kodak Tmax400
眺める時の気分だとか時代によってカラー写真の色味が急に古臭く感じられるんだけど、これって自分だけじゃないと思う。
2000年頃は80年代に撮られたフィルム写真が妙に古臭く感じたのに、2020年頃になるとあのカラーがノスタルジーと共に世間に受け入れられていて、逆にデジタルの色が退屈に感じられるようになってしまった感がある。
カラー写真だとか映像って、情報量が多すぎるが故にどうしてもその時代の空気も抱き込んでしまうのではないだろうか。
モノクローム写真は目の前の景色を捨象することで、眺める人に想像の余地を残しているのが良いのだと個人的に思っている。
だから画面の中に言いたいことを全て放り込むような真似はしない。
あとは煮るなり焼くなり勝手にしてくれと、半ば人任せに春はあけぼのしている。
そんな最近。