analogue life

シンプルな暮らしとフィルム写真のこと

Flickrに日本語のフィルムグループを作ってみた

そろそろSNSは限界点に到達しつつあるのではないかと肌で感じている「いま」をどうにか言語化してまとめてみたら、強い言葉を使いすぎたせいか思いの外反応が無くてびっくりしている。表現の悪さは反省しなきゃいけないとして、大筋の主張に誤りがないと確信しているので特に編集も削除もしない。

 

過去を振り返るとSNSの寿命は大体3-4年だ。

既に斜陽のFacebookも活況のように見えて赤字垂れ流しのTwitterも、今のところ高齢化が進んでいないInstagramもどこかで静かな死を迎えるだろうし、若い子の受け皿になっているTikTokだってコンテンツに本質的な価値がないのでいずれ賑わいが消えると思う。

アクティブユーザー数の推移を見るともう少し寿命が長いような気がするけど、双方向コミュニケーションが成立するのは大体3-4年じゃないだろうか。レイトマジョリティが増えてくると次第に一方通行の様相となり面白さが消えてしまう。

アタシを捨てないで!と言わんばかりにせっせと大量のタグを打つオジサンオバサンを尻目に、一部のユーザーが作る話題がフィードに押し寄せては過去を押し流していくし、意志とは無関係に情報と広告を脳に押し込んでくるフォアグラ式のサービスはちょっと辛いなぁと思う。

そもそもあの情報の洪水の速度で僕らの社会は回ってないし、僕ら自身の身体も文化芸術もあの速度で進化してるわけではない。僕らの持ち時間は一日24時間しかないのだ。誰かが作ったアジテーションに気分をかき乱されたり広告に付き合っている時間はない。

そんな今こそ僕らはフォアグラ飼育場から脱走して元の速度に立ち戻る必要があるのではないだろうか。

 

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最近、写真の発表場所について考えている。

設計事務所の片隅で頭をひねっていた頃、自分のアイディア描いた紙を丸めてポイッとゴミ箱に投げ捨てていたら、なぜ自分のアイディアをもっと大切にしないのか?と諭されたことがある。

当時はとにかくアイディアの数を出したかったのだけど、あの頃の僕がやっていたことは未熟な一発芸のネタをたくさんかき集めることでしかなかったんだと思う。物作りは一つのアイディアを丁寧にまとめていくプロセスでもあるのだ。

 

手間のかかるフィルム写真もワンオフ住宅の設計に似ていると思う。

限られたリソースを使ってウンウン唸って考えてシャッターを切り、空き時間を使って現像したりプリントしているからだ。世の多くのアナログフォトグラファーは僕のような粗雑な人間よりもさらに丁寧に写真と向き合っていると思う。

そんな手間暇かけて作った写真を、下流の誰かが見つけてくれること祈りながらタグをつけてSNSの激流にポイッと投げておしまい…なんていうのはあまりに乱暴なんじゃないか、些末なアイディアをゴミ箱に投げ捨てていた過去の自分ならいざ知らず、きちんと考えて作ったものをこんな粗末に扱うのはちょっと違うのではないかと思うのだ。

 

これから先web写真のコミュニティはどうなるんだろう?と考えた時、フィードの洪水に押し流されていく場所はあまり適切ではないんじゃないかと思い、Flickrに日本語のフィルム写真グループを立ててみた。

 

Flickrは緩やかな時間が流れている場所だ。

何度か身売りをされた過去もあり時代から取り残されたサービスなんじゃないかと囁かれることもあるが、世界中の人がいまだに使用している素晴らしいサービスだと思う。

激流に流された終わってしまうInstagramTwitterとは異なり、Flickrに流れる時間は緩やかで写真のクオリティも僕たちが求める水準のものだ。その一方でいつまで経っても日本のユーザーに優しいサービスとは言いづらく、英語がコミュニティの中心にある。

この緩やかに流れる大河の中に、日本語でフィルムの話をする小さな入江を作ってみた、とでも言えばいいだろうか。これからフィルム写真を始める人も、ベテランの人の写真も置いておける小さな場所を作ってみた。

もしこの記事を読んでいるフィルムフォトグラファーがいたらぜひ参加して頂きたいと思う。

どうぞよろしくお願いいたします。

www.flickr.com