analogue life

フィルムが捉える世界は美しかった

写真を言語化するという試み

いままでそんなに深く考えてこなかった構図や技法や被写体の話。

自分の写真をより魅力的な何かにしたいのであれば、やっぱり自身のことを良く知る必要があると感じたので、ちょっと怖いけれど自分の考えを文字に起こしてみようと思う。

photograpark.net

多くの方がblogやtwitterでこの話題に触れているので私もちょいと私見をまとめてみたい。

写真への向き合い方なんて普段あまり考える機会がなかったことなので、自分の頭を整理することはとても面白かった。なんせ今までろくすっぽ悩んだりせずに写真撮ってきたもんね。

もちろん私にも好きと嫌いはあって、嫌いな写真は数ある一方で「どんな写真が好きですか?」とか「どんな写真を撮っているんですか?」と問われるたびに説明に窮してきた。

いい機会だから、いま自分が考えていることと興味のある写真をまとめてみたい。

mypace.hatenablog.com

wonodas.hatenadiary.com

好きな構図と被写体の話を始める前に 

この記事を書き始めた当初は、「自分の好きな構図と被写体」という2つの切り口で考えていたのだけど、考えるうちにだんだんと視点がずれてきたので、以下ふたつの切り口を改めて設定して考えてみた。

ひとつめの切り口は「私は何を面白いと感じているか?」ということ。

趣味嗜好の範疇とも言えるし写真思想とも言える。それは撮影者からすれば「テーマ」かもしれないし、鑑賞者からしたら「作風」と呼ばれるものかもしれない。

ふたつめはおもしろいと感じたものを「どう切り取るか?」ということ。

これは技法ってやつで、面白いと思った被写体を「どう表現するか」ということ。構図だとか絞りだとか露出だとかの話。

いま私が面白いと感じていること

ぶっちゃけ超かわいいモデルさんを立ててエモーい写真撮ってる人を指くわえて羨ましがってるのが事実である。あれやりたい。フジのC200詰めて2段明るくして撮ってスキャンしてついったーに上げるあれ、やりたい。いいねもいっぱい欲しい。

N0422019

Nikon F80S/Nikko 58mm F1.4G/Kodak Gold 200 

…というのは置いといて、いま私の興味の対象は人と建築、都市と社会のコントラストである。

社会の時流から孤立した街並みであったり、どこか風景にフィットしない人であったり。そんな社会のコントラストに興味がある。ストリートフォトといえばまぁそうかもしれない。

N0262019

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Kodak Tmax400

N1192018

Bessa R3A/Summicron-M 50mm/Adox Silvermax

その一方で、予兆めいたなにかという状況も好きだ。まだ何も起きていないけれど、何かが起きそうな予兆、まさに何かが起きる一瞬前の予兆が確信に変わる瞬間、既に事態は進行しているのに当事者(私)が何も気づいていないそんな状況。

N0082019

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fomapan 400

N1482018

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Adox Silvermax

 

学生時代に授業で見せられたヨゼフ・クーデルカの影響が強いのかもしれない。

写るか写らないか…ぎりぎりの所にソ連の戦車が迫っていて、クーデルカの腕時計が手前にあるこの写真。学校の授業で初めて彼の写真を見た瞬間、予兆が確信に変わる瞬間の緊張感に興奮したのを覚えている。

100photos.time.com

表現手法のはなし

これはうまく表現できない。

偉そうに能書き垂れられる技法を持ち合わせていないという事情もあるけれど、口に出したり文章に起こしたら最後。なにか大切なものが丸裸にされてしまう気がして、言えない。

なんなら私の写真の構図は日の丸構図ばっかりだし、日の丸構図が好きなんでしょ?と言われるならそれならそれでいいや、くらいに思っている。

加えて自分の写真を「作品」と呼ぶのが小っ恥ずかしいのと同様、構図だとか技法だとかに理屈を並べ立てるのがあまり好きではない。美しい夢はいつも曖昧で、目覚めた時に夢の断片を手繰る過程が美しいのである。

それでもあえて最近好きなものを挙げるならば、電車の窓の外を撮る構図。

N0162019

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Adox Silvermax  

N0412019

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fomapan 400

N0152019

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Arista Edu 100

アラーキーがやった「クルマド」の電車版という訳じゃないけど、電車の窓から覗く外の景色って最近興味があったりする。東京をタクシーでぐるぐる回って撮るのと違い電車の車窓なんて代わり映えしない景色が延々と続くものだけど、時折面白い景色に出くわしたりする。

朝晩の通勤電車の中でカメラを出すのはちょっと勇気が要るけれど。 

写真展のお知らせ

何度かこのblogでも告知をしている通り、5/26から6/1まで原宿のDesign Festa Galleryにて開催される”Film is not dead”という企画展に写真を3枚ないし4枚ほど展示します。

designfestagallery.com

お時間のある方は是非お立ち寄りください。初めて世間様に写真を開陳するのでお越し頂けるととても嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

道楽殺しの10連休

地獄の10連休が終わった…と口にすると客商売をしている方からぶん殴られるか冷たい目で見られるんだろうな、くらいには思っている。天皇陛下即位に伴う10連休を取れたのは25%程度で、うちの家内を含む大多数は仕事をしていたのだから。

www.nikkei.com

私は10連休を取れる側に居たにも関わらず、家庭内の休日格差のため自動的に10日間のワンオペ子守が確定。休日ゼロで子供の相手を続けていたのである。世間様が旅行だのバーベキューだの飲み会だのと言っているのを白い目で眺めつつ、途中やけくそで昼から酩酊しながら子育てをやっていたのである。

media.moneyforward.com

私と同じ境遇を探していたら、家事育児に追われる人たちにとって10連休は同じように悪夢だったらしい。関係ないけど不倫女子も憂鬱な10連休を送ってた…とかふざけた記事まで引っかかった。女子とおばさんの違いって何だ?くそう。

cocoloni.jp

 

お陰様で連休明けの適応障害もどきには一切ならなかった。

みんなが仕事へのチューニングが全く合っていない中一人ロケットスタートだぜ。ツヤツヤテカテカの顔して土産のお菓子を持って出社してきた人がちらほらいたけど、こちとらリフレッシュなんて全然してないんだぜ。 

N0412019

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fomapan 400 

平成最後の日は皇居に向かった。

実は初めて二重橋に行った。

恥ずかしながら二重橋とは手前の石橋ではないと云うことを初めて知った。平成から令和に年号が変わるだけで私たちの暮らす世界は何一つ変わらないけれど、どういう訳か平成のうちにフィルムで皇居を撮っておきたくて足を伸ばした。

子連れ狼スタイルで小雨降る丸の内を抜け皇居へ。頭をフードで隠してブロックテックの中に忍ばせたM6がもっこり膨らんでいるもんだから警備員にジロジロ見られるんだけど子連れだからか職質はなし。

f:id:filmmer:20190512153023j:plain

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fuji ACROS

f:id:filmmer:20190512153017j:plain

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fuji ACROS

あてもなく歩く。

正直なところ私は労働が好きではない。しかしながら退屈な毎日も堪え難い。

子連れ狼スタイルでカメラを下げて当てもなくぶらぶらと歩く。

独り身であった頃はリュックに荷物を詰めて見知らぬ土地をぶらぶらと歩いていたのだが、今の身分になってからと云うもの、ぶらぶら歩くと云っても自宅から遠くないところを彷徨う以上のことができない。これは辛い。10連休よ止まってくれ。

f:id:filmmer:20190512153014j:plain

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fomapan 400

子連れ狼4日目あたりから、徐々に考え方が変わってきた。

自由度がきつく制限されるのは確かに辛いんだけど、考えようによっちゃヴィヴィアン・マイヤーだって家政婦しながら写真を撮ってたんだし、わざわざ遠出しなくても身近なところに写真の題材なんてゴロゴロ転がっている。遠出ができない辛さは近所で面白いことを見つけて潰しちゃおう、と。

そう開き直って視点を変え、改めて電車で行ける範囲をぶらぶら歩くと、いままで見逃していた景色が沢山あって面白かった。「ささやかな面白い物や事」を見つけ出す能力は写真の才能の一部だと思うので、見慣れた場所をぶらぶら歩くのは感覚を研ぐいい機会なんだなぁとも思った。ぶらぶら歩き楽しい。

f:id:filmmer:20190512153028j:plain

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fomapan 400

 

f:id:filmmer:20190512153011j:plain

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Fomapan 200

 

f:id:filmmer:20190512153002j:plain

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Fomapan 200

 

f:id:filmmer:20190512153010j:plain

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fomapan 400

 

面白い事や物は意外に自分の身近にあるもので、毎日仕事ばかりしているとそれらを見つけだす能力が鈍ってしまうんじゃないかな。連休というのは一人の人間に戻る時間であるべきなのだ。

ちょっといいこともあった。

正確にはゴールデンウィーク開けのある日、随分前から気になっていたエルマリート90mm F2.8をお譲り頂くことができた。散々テレ・エルマリート 90mm F2.8と散々悩んでいたが、突然降ってわいたご縁に身を任せる事にした。

掌に乗せた1960年代製造のエルマリートは、製造から70年近く経過しているにも関わらず工芸品のように美しくずっしりと重い。やはりこの時代のライツ社製品は素晴らしいものがある。

f:id:filmmer:20190513230603j:plain

iPhone SE/VSCO film

f:id:filmmer:20190513220416j:plain

iPhone SE/VSCO film

イカの90mmは銘玉揃いと聞く。早速Tri-X 400を装填し撮り始めたが今から現像が楽しみで仕方がない。 

仕事始めにふと思ったこと。

10連休を目一杯遊び倒した人も家事育児に追われたであろう人も、はたまた家族サービスで疲弊した人も、多かれ少なかれ「ひとりの人間」の顔をして職場に戻ってきたように見えた。

会社組織の構成員としての社会人の容貌は勿論前面に出ているものの、喋り方や仕草に今まで見えなかった個々人の人となりを纏って戻ってきたような感じ。

思い過ごしかもしれないけどね。

f:id:filmmer:20190513230150j:plain

LEICA M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fuji ACROS

 

 

令和元年に持っていく機材

今年のゴールデンウィークはまさかの10連休。

SNSを眺めていてもラジオのニュースを聞いていても、一人旅に出たり家族とどこかへ出掛けたり友達同士で飲みに出掛けたり…と世間はとても充実している様子なのに、私はこの10日間出掛ける当てもなければ予算も立たないと云う状況。

写真を撮りに出掛けることもできず、楽しそうな世間様を眺めて只々指をくわえて泡を吹くばかりでございます。くそう。

ameblo.jp

松居一代ずっと連休じゃないのか!…と思いつつ、やることがないので手元の機材の棚卸しをしてみた。元々機材を買わない主義なので機材の管理なんてあまりきちんとやってこなかったけど、リストに書き出してみたら結構もの持ってるのね。道楽の道具は太刀と脇差、みたいに2つ程度でいいやと思っていたのに。数えてみたら太刀、脇差、槍、鉄砲、弓矢…くらいはあるので、ついでに現行機材を1軍と2軍に分けてみた。

Nikon D700(一軍)

社会人1年目にもらったボーナスでD40を買ったところから私の写真が始まったのだが、あろうことか印鑑と身分証とボールペンがあれば高額な機材を買えることを知ってしまい手を出したのがこれ。

甲高いシャッター音と、当時としては度肝を抜かれるISO 6400が使えるデジタルカメラで、この高感度性能の高さのせいで夜道撮りと夜遊びが加速した罪深いボディ。夜遊びのお供として色んなところに連れて行って、いままで都合3回ほどアスファルトの地面に落下・激突してボディに亀裂が入っているもののまだまだ現役な超タフガイ。

N0082016

 Nikon D700/Nikkor 58mm F1.4G  

I'm Home My Love.

 Nikon D700/SIGMA 50mm F1.4  

Voiktlander R3A(二軍)

偶然の重ね合わせで私の元に来たカメラであり、初めて使うレンジファインダーカメラでありフィルム写真を再開する羽目になった原因であり、ライカ沼に落ちる原因となった一台。

軽くて頑丈なので長い旅に出る時にはライカよりこれ。精神衛生の観点からもライカを持って長旅に出るなら絶対にこちらを持っていく方が良い。また、唯一無二の等倍ファインダーであり40mmのフレームが出るので手放せない。

rangefinder.yodobashi.com

二重像のコントラストが低く合焦していることが分かりづらい事と、ストラップを掛ける金具がヘナチョコ過ぎて激しい使用でえぐれちゃうのが難点。

N0382017

 Bessa R3A/Summicron-M 50mm F2/Kodak Portra400   

N0442017

Bessa R3A/Summicron-M 50mm F2/ACROS 100 

Fuji X-pro1(二軍)

レンジファインダー風デジカメ。光学ファインダーはおまけ程度のおもしろギミック付の高画質なデジタルカメラ

オートフォーカスが遅かったり、ソフトウェアのクセが強くて直感的な操作ができなかったりと色々難ありだけど、フィルムをシミュレートしたフィルタの完成度がなかなか良く手放せないカメラ。

N0232016

Fuji X-pro1/XF 35mm F1.4R 

N0022016

Fuji X-pro1/XF 35mm F1.4R  

Nikon F80S(一軍)

一番直近に購入したカメラ。平成も終わろうと云う時期にフィルム一眼レフを買うなんて想像だにしなかった。

このカメラは世間がフィルムカメラからデジタルカメラに移行する過渡期の製品なので、フィルムのコマ間にシャッタースピードと絞り値を印字する機能があったりして面白い。よっぽど細かい人出ない限り1コマずつ設定をメモしている人なんていないだろうし地味に便利な機能である。

発売から19年も経った製品がこうしてblogの記事になっているなんて、開発者も想像だにしなかっただろう。

何度となく呟いているけど、これからフィルムカメラを始めようとしている人でニッコールレンズ資産があるって人、このカメラ本当におすすめなので見つけたら即買いすべし。

f:id:filmmer:20190427103407j:plain

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Kodak Portra400

 

N0282019

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Fuji ACROS 

f:id:filmmer:20190427103435j:plain

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Kodak Portra400 

filmmer.hatenablog.com

Leica M6(一軍)

「ライカなんてどうせ金持ちの道楽。大した写真撮れもしねーで首からライカぶる下げてごたく並べやがってこのくそじj…」なんて本気で思っていた時期がありました。

いまの若い子の中にも私みたいに永遠の反抗期みたいな子はきっと沢山いて、「けっ!ライカなんて」と思っている子もいると思う。

そんな子にこそ一度ライカのボディを触ってもらいたい。とにかく触覚と聴覚に訴えかける道具で、使った時の「気持ち良さ」が別格だから。フィルムカメラの場合、ボディが画質を左右することがないので、メカニカルな部分がきちっとしていたら、あとは「使っていて気持ちいいか」という点が重要になる。ライカは昔のモデルから現行品までこの点をきっちり意識しているように思う。 

私の場合は、本当に「一度触ったが最後」だった。

N0362019

Leica M6/Summaron-M 35mm F2.8/Fuji ACROS

N0102019

Leica M6/Summaron-M 35mm F2.8/ARISTA Edu100(Fomapan100) 

ちなみにライカを触るようになってからというもの、道具を大切にするようになった。レンズといいボディといい工作精度と材質の手触りが良すぎて、雑な扱い(投げる&落とす)ができなくなった。 

SIGMA DP2s(二軍)

オートフォーカスは遅い、ISO 200以上は使い物にならない、背面液晶がプア過ぎてパソコンで見るまでちゃんと撮れているか判らないしバッテリーも持たないと云う無い無い尽くしの上に460万画素という、およそ常人には理解不能なスーパーカメラ。

きちんと撮ってホワイトバランスを整えてA1サイズで出力した時、その画質に驚愕した記憶がある。ちなみに同時に出力したD700で撮った写真はA1サイズの出力に耐えられなかった。

このカメラのデッドストックがないかなぁ。クローズアップレンズと一緒に見つけたら即買いしたいんだけどなぁ。

JAZZ SIGN.

SIGMA DP2s 

Scattered fragments of spring.

 SIGMA DP2s with closeup lens

N0522015

SIGMA DP2s

DP2発売時のこのスペシャルコンテンツがまた良い出来で、思いっきり背中を押された記憶がある。背中を押されて悩んでるうちにDP2sが出てしまったのだけど。

www.sigma-dp.com

SIGMA DP1 Merrill(二軍)

プアマンズLeica Q2もしくはプアマンズLeica Monochromeと呼んでいる。

モノクローム専用デジカメと云えばLeica Monochromeだけど、1ピクセル1ピクセルとして出力されるFoveonセンサーの特性上、このカメラはLeica Monochromeに匹敵するモノクローム専用機と云って差し支え無い思う。

N0602015

 SIGMA DP1 Merrill

Somewhere in Japan.

SIGMA DP1 Merrill

Nikkor 58mm F1.4G(一軍)

ここ最近Nikon F80Sに付けっ放しの銘玉。Nikonのレンズはこれと24mm 2.8Dを残して処分してしまった。Nikonを使わなくなった、というよりはこのレンズがあれば他は要らないやという境地に達したため。

N0652015

Nikon D700/Nikkor 58mm F1.4G  

N0162016

Nikon D700/Nikkor 58mm F1.4G  

Fujinon 35mm F1.4(二軍)

軽くて安くてピリッと解像しつつも前後共にきれいにボケる、という優等生のようなレンズなんだけど、どうにも個性がない。

このレンズで撮った写真に思い入れのある一枚がないのが原因だと思うけど、学習指導要領通りの一通りをやってのける面白味のない子みたいな感じ。個性はないけど安定感はあるので裏切られることはないところがいいところ。

N0202016

Fuji X-pro1/XF 35mm F1.4R 

N0052016

Fuji X-pro1/XF 35mm F1.4R 

Summaron-M 35mm F2.8(一軍)

20194月現在もっとも酷使されている常用レンズ。もうM6に付けっ放し。

このレンズを買ってモノクロフィルム、カラーネガ、ポジ、デジタルと一通り試した後に「実はレンズって50年前に完成してたんだな」と妙に納得した1本。軽くて小さくてビシッと写る上に、無限遠ロックが静かにパチンと止まる機械的な精緻さまで備わっていて、一度これを使ってしまうと35mmはこれ以外要らないと思ってしまう。そんなレンズ。最初は現行のSummicron 35mm F2が欲しかったけど、もうどうでも良くなってしまっている。

N0232019

Leica M6/Summaron-M 35mm F2.8/Cinestill BWxx 

N0242019

 Leica M6/Summaron-M 35mm F2.8/Kodak Tmax400

Summicron-M 50mm F2 4th(一軍)

これもFujinon XF 35mm F1.4Rと似たような癖のない優等生レンズ。解像感はとてつもなく良い反面ボケはうるさめ。そもそもボケの良さ云々は設計思想に入っていないだろうと思わせるレンズ。

これは初めて手にしたライカレンズであり、私に昨今の大口径レンズへの不信感を募らせた一本。

男って生き物は「でかくてゴツい即ち高性能!」と感じるように脳味噌がプログラムされているのか、細々書かれたスペック表とゴツい筐体を出せばコロリと納得させられるきらいがあるように思う。

私も大口径が正義だと考えていた時期があったが、このレンズを使ってみたら世界がコロリと反転した。こんなに小さいのにそこらへんのゴツくて太いレンズより全然いい写りするんだもの。短小って悪いことではない。

N0662017

Bessa R3A/Summicron-M 50mm F2/Fuji ACROS 

N0422017

Bessa R3A/Summicron-M 50mm F2/Fuji ACROS 

N1622018

Bessa R3A/Summicron-M 50mm F2/FomapanR 

Nikkor 24mm F2.8D(二軍)

買った当人もなぜこれを買ったのか、なぜ売却処分せずに残しているのか一時期さっぱりわからなかったレンズ。画角的に使いずらいし使うシチュエーションないし、どこかで処分しようと思いつつ、2軍にも上がって来ない3軍だったためか処分されずになぜか手元に残ってしまった1本。

現在ほぼ出番なしなのだが、この記事を書くために過去の写真をひっくり返してみたらなかなか悪くない。いや、むしろ結構好きな写真が多いかもしれない。一通り58mm F1.4Gを使ったフィルム写真は撮ったから、次はこいつを付けて街に出ようかな。

N0062014

Nikon D700/Nikkor 24mm F2.8D

Old Alley Ginza.

Nikon D700/Nikkor 24mm F2.8D

令和元年欲しいものリスト
  • Voiktlander Nokton 40mm F1.2
  • Leica Elmarit 90mm F2.8/Tele-Elmarit 90mm F2.8
  • Peavey 6506 head mini
  • Mamiya 7/Plaubel 670

Bessa R3Aを持ってる手前どうしても気になるNocton 40mm。Photo Yodobashiの作例やAn Ordinary Lifeさんの作例を見てると気になって仕方がない。F1.4もいいけどF1.2の方が気になる。

rangefinder.yodobashi.com

mypace.hatenablog.com

イカの90mmは銘玉ぞろいと聞くし、実際に試してみるとあの美しいボケ味と解像感が同居した感じはいけないクスリのように脳味噌の気持ちいい部分に浸透してくる。Leica Tele-Elmarit 90mmかなぁLeica Elmarit 90mmもいいなぁと思案している。

coalfishsholco.hatenablog.jp

news.mapcamera.com

Leica Elmarit 90mm

news.mapcamera.com

EVHの音に一度でもやられた人からすると、20Wサイズでこのアンプヘッドは絶対気になるはず…って、これはこのblogの趣旨と違うか。 でも気になって仕方ないサイズ。

www.soundhouse.co.jp

 

いつもカメラ屋にいくと眺めてしまうマミヤ7とプラウベル。自家現像はできても自家スキャンの敷居(機材購入の金銭的な敷居)がどーんと上がるため、如何にもこうにも踏ん切りがつかない。道端で拾ったり遺品として貰わない限り2019年中に使い始めることはない…かな。超絶欲しいけど。

sunrise-camera.net

nowarl.hatenablog.com

 

 

 

平成も残り僅か。皆さま10連休をお楽しみください。令和で会いましょう。

撮った写真をきちんと世に出して行くと決めた

自作を指差して「作品」呼ばわりできない

自分の写真を指差して「作品」と呼ぶと、あまりのこっぱずかしさにとてもむず痒い気分になる。もしかしたらあまりの恥ずかしさに、赤面して穴を掘って飛び込んでしまうかもしれない。そのまま首の骨でも折って土に埋もれて、10万年後に「前時代のおっちょこちょい」として発掘されて陳列されてしまうかもしれない。

N0082015

 Nikon D700 Nikkor 58mm F1.4G

建築にしろ写真にしろ、世の中にはどっからどう見ても駄作だろ!という創作物を世間様に「作品」として開陳し涼しい顔して自信満々に語り出してしまう人がいるけど、私はあまりその手の活動が得意ではない。

思いっきりアクセルベタ踏みでバックするような作品に真面目な解説文が付いているのは好きだけど、微妙な「作品」に真剣なポエムなんて添えられてたりしたのを見た日には、他人事であるにも関わらず思考停止に陥るのである。

云うなればバッドアート美術館に収蔵されるような作品にはいくら真面目な解説が付いていてもオッケーだし、頭おかしい次元に飛んでしまったウィスキー評論家のレビューも抵抗ないが、巨匠丹下健三ミケランジェロ頌を読んでいるとあまりの中二病っぽさに吐き気がしてくる、あの感じに近い。

bijutsutecho.com

そんなひねくれた視点を持っているためか、私の写真道楽は写真を撮りつつ機材を眺めてニヤニヤしていると云った自閉症のような状況であって、自分の創作物を世間に開陳して「この作品」と呼ぶことは、なにかとてつもない抵抗があるのである。むしろ黄金期のライカレンズの工作精度の方が「作品」なんじゃないかと思ってたりするくらい。

N0332019

 Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Kodak Portra400

「こ、この、ささ、作品!作品なのかこれ!?、この作品はあの、あの…あのね!!」

自分の写真の横に立って写真の説明をしろと言われたら多分こうなるし、とてもじゃないけど、「作品」というワードを口にした途端恥ずかしさで憤死する。

注: 人前でのおしゃべりと仕事のプレゼンテーションは得意分野です。

 

写真への向き合い方、いままでとこれから

過去を振り返れば、山のように撮った玉石混交の写真の山の中から気に入ったものを拾ってflickrに上げ続けてきた。いま振り返ったら一時期写真を撮らなくなった時期を除いても10年くらいはコツコツ上げていた。

時折in exploreに選んでもらえたりすると軽くバズって嬉しいけど、特段何か活動をする訳でもなく、見たい人はどうぞくらいのスタンス。

言うなればちょっと世間に心を開いたヴィヴィアン・マイヤー状態。もちろん彼女のような技量と感性が備わっている訳ではないけれど。

www.youtube.com

 

ちゃんと撮った写真なら、きちんと世に送り出してみよう

ここからが本題。数週間前に突然そんな大層なことを思いついた。

過去写真を整理していると本当に色んな写真がある。室内に溢れる光を捉えようと何度も何度もフィルムを巻き上げて撮った写真、街歩きの最中に遭遇した社会問題(のような何か)を捉えようとした写真・・・酩酊して撮ったであろう何も覚えてない写真などなど色んな写真があるけれど、デジタルカメラからフィルムカメラに帰ってきてから撮られた写真は、その多くがきちんと何かを考えてシャッターを切っている。

N0312019

Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Fomapan400 

 

N0352019

 Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Fomapan400 

 

一方デジタルカメラばかり使っていた頃は、意識不明で何も考えずにシャッターを切った写真だとか、きれいな景色を撮りたいという意思のみでシャッターを切った写真が多く、「何考えてこの写真撮ったんだっけ…」と考えても思い出せない写真が多かった。

N0172016

Nikon D700/Nikkor 58mm F1.4G 

N0422014

SIGMA DP1 Merrill  

フィルムだと枚数が撮れないので一枚一枚をよく考えてから撮る。必然的に情念のようなものが写真に乗り移っているのか、(多分なんてことない一枚が)大切な一枚になっていたりする。

そんな訳で、私の写真が人に気に入られるかどうかは別として、強い意図を持って撮った写真であるならば、きちんと形にして美しい言葉(ポエムではない)を添えて世間様に開陳すべきなのではないかと思い始めた次第である。

紙焼きを始めたら面白かった

フィルムカメラしかなかった頃は当たり前にプリントしていたのに、デジタルに完全に切り替わってからというもの、写真は「ディスプレイで眺めるもの」に変わった。

一通りデジタルカメラを使って後にフィルムに戻ってはきたものの、写真の流通がSNSやインターネットである以上ディスプレイでの鑑賞というのが前提となってしまい、ネガスキャンのことは考えるけど、プリントを意識することは殆ど無くなっていた。

f:id:filmmer:20190413202255j:plain

Bessa R3A/Summicron-M 50mm F2/Kodak Ektachrome

写真を形に残す作業としてきちんとプリントをし始めたら、これがまたどうして面白い。「写真の手触り」と云うと怪訝な顔をされるかもしれないが、私は焼いた写真に手触りがあると思っている。

物理的な「紙の手触り」とは別に紙に焼いた写真は、トーンの重量とでも表現すれば良いのか、独特の質感を持っているように思う。久しぶりにちゃんとプリントした写真を指でなぞって「あぁ、やっぱりいいなぁ」と思った次第。自分はオカルトに向いているかもしれない。オーディオ沼に落ちなくて良かった。

jp.wsj.com

紙焼きしていてもう一つ驚いたのは、Summaron 35mmで撮った写真を焼いた時のこと。

アレモコレモさん曰く、Summaron 35mmで撮った写真を紙焼きしたら暗部の表現に驚いたとのことだったが、私自身初めてこのレンズで撮った写真を焼いてみて本当に驚いている。スキャンして満足していた暗部からさらにディテールが浮かび上がってくるの。たまげたなぁ。

また、暗部の描写がすごく得意なレンズで焼いていて一番驚いたレンズ。スキャンして画像見てああ、これプリントしようと思って、プリントしていたら端っこの暗部の中に人がいることに気づいて驚いた経験がある。

aremo-koremo.hatenablog.com

N0082019

Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Fomapan400  

 f:id:filmmer:20190413230938j:plain

スキャンの設定がおかしかったのかと思いもう一度スキャンしたけどやっぱりパラメータは間違っていなかった。iPhoneで撮った写真からはよくわからないが、黒いシルエットになっている部分から人がゾロゾロ出てきた。ちょっと怖い。

と云うことで、世間様に向けて展示をします

5月26日から6月1日の短い期間ではありますが、原宿のデザインフェスタギャラリーにてFilm is not deadと云う企画展に参加します。グループでの出展になるのでそんなに枚数は出せませんが、人生で初めて「作品」なるものを展示します。ポエムはありませんので、ぜひ皆様お誘い合わせの上ご来場ください。

また、この機会に今まで「じゆうなおとな」としてのらりくらりツイートしたりblogを書いたりしていましたが、その昔思いついてお蔵入りしていたStudio Plumhouseと云う屋号を掘り起こしましたので併せて宜しくお願い致します。

designfestagallery.com

 

 

 

都市開発という暴力

記憶喪失都市:東京

東京オリンピックまであと1年。東京の至る所に工事現場が展開され、ついこの前までそこにあったはずの建物が忽然と消え去っている場面に頻繁に出くわすようになった。かつてそこにあったはずのビルが更地にされ、大手デベロッパーやゼネコンのロゴが入った新しい建物の工事告知の看板を目にする度に「どうせソツのないガラスファサードの中にH&Mユニクロと無印とカフェ入れて一丁あがりビルだろ。」と悪態をついている。

それと同時に、いままでそこにあったビルや区画の記憶が既にあやふやになっていることに気が付き、併せて自分の記憶力の悪さにとても残念な気持ちになる。

私の記憶力が悪いことは事実だけど、東京という都市の代謝が異常に速く過去が急速に人々の記憶から薄れていくこの街は、記憶喪失都市と呼ぶべきだと思う。

f:id:filmmer:20190326234331j:plain

Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Fomapan 400

くそ、あのラーメン屋をかえせ!あの居酒屋のおやじは今いずこ…?と思うことが多くなった。

パッチワーク的都市開発

今日も東京のどこかで、いままであった空間が破壊され更新されている。

それは東京の地図上に虫食いのように穴が空き、その上をパッチワークを施すように新しい要素で塞いでいく(更新していく)ことであり、いわばマスタープランなき都市の部分的更新である。

槇文彦は「見えがくれする都市」の中で、江戸東京の都市を「都市の中心という概念が希薄で、場所場所に合った仕組みをパッチワーク的に当て嵌めてことで埋められた都市」と説明したが、絶対的な権威を中央に置くことで政治と文化を発展させてきたヨーロッパと異なり、宗教的な権威が都市の中央に位置しなかった日本ではこのようなパッチワーク的な都市の発展と更新が、時の権力により繰り返されてきたのだと思う。

N0262019

Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Kodak Tmax400  

人々のふるまいの結果として都市

「都市とは、たんなる個々人の集まりでもなければ、社会的施設──街路、建物、伝統、軌道、電話など──の集まりでもなく、なにかそれ以上のものである。また、たんなる制度や行政機関──法廷、病院、学校、警察、各種の行政サービス──の集まりでもなく、なにかそれ以上のものである。むしろ都市は、一種の心の状態、すなわち慣習や伝統の集合体であり、もともとこれらの慣習のなかに息づいており、その伝統とともに受け継がれている組織された態度や感情の集合体である」

ロバート・E・パーク:都市──都市環境における人間行動研究のための提案」(1925)

ロバート・E・パークは都市をこのように解釈した。

「そこに住むもしくは活動する人々が(意図せず)作り出し受け継がれるもの」を都市と解釈したのだが、これは大井町や吉祥寺の裏路地、新宿の思い出横丁など、そこで活動する人の振る舞いが長い時間に濾過された残渣に見ることができる。

これは権力や資本により作られたパッチワーク都市とは異質の、人々の手によって形作られた都市の中のイレギュラーな空間と言ってもよい。

東京という都市からしたらイレギュラーな存在ではあるが、より健全な成立過程を辿った街並みであると思う。

N0302019

Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Cinestill BWxx  

再開発:資本の暴力

私は東京都市圏の地方出身者なので、東京で生まれ育った人々がこの街のうつろいをどう感じているのかいまひとつ理解できなかったのだけど、ジェーン・スー氏の文章が非常に明快に東京出身者の心情を語っていたので引用させて頂く。

社会人になると、東京人の疎外感はより強くなります。

なにかやってやるぜ! という外から来た人たちがどんどん東京を変えていく。

私たち東京人の想い出の景色が、

地方出身者が地元で夢見て描いた東京イメージにどんどん上書きされていく。

遠くからたくさん人がやってきて、ビルを建てたり壊したり、

流行りをどんどん塗り替えられ、常識がどんどんかわり、

子供のころと変わらぬ景色なんて下手したらひとつもない。

東京の人間は東京ではマイノリティですから、

なにもできずにそれをボーっとみているだけです。

janesuisjapanese.blogspot.com

 

率直なこの文章を読みながら、私は現在東京で進行中の再開発は(表現は悪いかもしれないが)「資本による暴力的な都市の更新」もしくは「資本による都市文化のレイプ」だと考えている。本来その土地で活動する人々の活動の結果として形作られるべき都市を、資本の力で強引に形作るというプロセスに暴力性を感じるのである。

もちろん都市は誰かが所有するものではない。

その時代時代に都市の中で生きた人々が共有し次の世代に渡すものであるはずなのに、一握りの権力や資本が建築や都市計画の理屈を会議室の机上に広げて都市を作り変えていく。都市で暮らす人々は置いてけぼりなのである。

N0242019

Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Kodak Tmax400 

詰まるところ冒頭に申し上げた不快感は、そこで活動する人々のふるまいや時間の流れを無視して、無機質かつ土着的要素を無視したビルを都市に押し付けるデベロッパーやゼネコンに向けた不快感なのである。

渋谷はまさに「資本の力にレイプされた街」として記憶すべき好例ではないだろうか。

かの街のカルチャーはスケートだとか音楽に賛同して、渋谷に集まった人々が長い時間をかけて形作ったものであったのに、資本が暴力的な再開発をした途端に街としての魅力が無くなってしまった。

カルチャーは人々が長い時間を通して作り上げるものであって、どんなに資本がマーケティングを繰り返しメディア扇動をしても、一度破壊されたカルチャーは元どおりにはならない。

都市の記憶が上書きされるその前に

不快だ不快だと嘆いても私は資本家ではないし、建築や都市計画の偉い先生でもなければその土地を所有しているわけではないので、冷ややかな目でことの成り行きを眺める以外手も足も出ないのである。

資本主義のブレーキを持たない国、不動産建築セクターが大きな産業である国、スクラップアンドビルドを繰り返し成長する発展途上国では、歴史だとか景観だとか環境だとか倫理なんてものはマーケティングの道具でしかなく、その重要性は一切顧みられることがない。資本が正義なのだから。

そういえば「経済を回さなきゃ」という発言って、昔はよく聞いたけど、私達の世代のちょっと上あたりから下はあまり口にしないような気がする。

これから先に私ができることは、おそらくカメラを構えてシャッターを切ることくらいしかない。次第に記憶を失っていく東京を介護する、もしくは供養する。そんな気持ちでしばらくは東京の写真を撮ってみようと思う。

f:id:filmmer:20190326235720j:plain
Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Kodak Tmax400

追伸:Cinestill BWxxというフィルム

今回使ってみたCinestill BWxxは、Kodak社製Double-X 5222という映画フィルムを詰めなおしたもの。1959年に発売されて以来乳剤はほとんど変更されていない超々ロングセラーなフィルム。設計が古いものの、007カジノロワイヤル(2006)だとかキルビル(2003)に使われていたりと現役バリバリの映画フィルム。すごい。

パッケージにはISO250と記載されているが、ISO320で撮ってSilversaltさんに現像をお願いしたら信じられないくらい精細で諧調豊かな仕上がりとなった。日本で買うと1本1600円程度するけど、このフィルムは是非試していただきたい。

N0222019

Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Cinestill BWxx

N0232019

Leica M6/Summaron 35mm F2.8/Cinestill BWxx

 

今日は平成31年3月31日。平成がもうすぐ終わる。

人間の思想信条や社会の仕組みはすぐに変われないけれど、続く数十年の中で建築だとか都市というものが消費財としての扱いではなく、人々を受け入れる美しい器としての建築や都市になるよう。建築や不動産、都市設計に関わる人々の思想や社会の仕組みが変わってくれたら良いのにと思っている。

Nikkor 58mm F1.4Gとフィルムで撮る写真

日本製の一眼レフは優秀なのである

先日中古カメラ市で即買いしたNikon F80Sの便利さに驚いている。

最近のフルサイズ一眼レフよりひとまわり小さくて軽くて、基本的な機能はしっかりしつつも無駄な機能が付いていない潔さがいい。Leica M6だとかBessaみたいなカメラを毎日持ち歩いて写真を撮っている日常に国産一眼レフが割り込んでくると、その便利さに本当にびっくりするのである。

自動でピント合わせてくれて露出まで決めてくれてレンジファインダーよりも寄れちゃって、巻き上げも勝手にやってくれてフィルム1本撮り終わったらウィーンって巻き取ってくれちゃう。これを便利と云わずになんと表現すればよいのか。

こんな至れり尽くせりのカメラがあったら、そりゃレンジファインダーカメラが市場から駆逐されても文句言えないよなぁと思えるくらい便利で、うっかりすると「写真チョロいっす!」なんて誤解しそうなくらいのお手軽さ。

 f:id:filmmer:20190320234640j:plain

filmmer.hatenablog.com

Nikkor 58mm F1.4Gについて

今更私がどうこう云う必要はないであろうニコン2013年に発表した銘玉。シグマやツァイスを先頭に解像度レースが繰り広げられている50mmレンズの市場にあって、空気感やボケ味というおよそスペックに現れない撮影者の自己満足の世界で勝負をかけた、とてもチャレンジングなレンズ。シャープじゃないと怒られちゃうこのご時世に、写真の本質を問いかけたレンズだと思っている。

digicame-info.com

開発者の方々がどのようなアプローチをかけたのか、どんな苦労をされたのかを外部から知る事はできないが、このレンズの設計はきっと楽しい仕事だっただろうな、と勝手に想像している。

photo.yodobashi.com

モダンレンズを付けたフィルム一眼レフで写真を撮ること

古エルマーや古ズミルックスM10に付けたりα7に付けて撮った作例は毎日のように目にするし、アポズミクロンをM6だとかMPに付けて撮ったフィルム写真も(数こそ少ないが)時折目にする。

一方でニコンやキャノンユーザー層の殆どは新製品を追いかける傾向が強いようで、フィルム一眼レフに最新のニッコールレンズを付けて撮った作例を目にすることは極端に少ない。

新しい設計のレンズはCMOSセンサーの性能を引き出すべくテレセントリック性やコーティングが改良されているはずなので、そんなレンズを通した光を35mmフィルムと云う古いフォーマットで受け止めるとどんな写真になるのだろうという興味があった。特に現代のコーティングがなされたレンズと古い設計のフィルムの組み合わせは何か面白いものが撮れるかもしれない。 

評価軸をどこに置くか

ぶっちゃけた話、モダンなレンズの解像度はAdoxのCMS20みたいな特殊例を除けば35mmフィルムの解像度を上回っていると考えられるので、現像したフィルムをスキャンしてびしっとバリッと解像してるか否かを評価するのは意味がない。レンズを通った光が到達する場所はCMOSセンサーではなく写真フィルムという前時代の産物である。数値で立ち現れる解像度やダイナミックレンジのようなものとは違う評価軸が必要だ。

 

www.adox.de

aremo-koremo.hatenablog.com

フィルムの情緒とNikkor 58mm F1.4Gの空気感

そんな訳で、Nikon F80SとNikkor 58mm F1.4Gの組み合わせテストのゴールを「フィルムが持つ湿度感と情緒とこのレンズの持つ空気感を掛け算したらどんな写真になるのか?」という事に設定した。

我ながら大仰なゴールを設定してしまい、情緒も空気感もない写真が撮れなかったらどうしようと後悔したが、悩んだところで何も始まらないのでとにかく撮ってみた。

使用したフィルムは3種類。フジ記録用100とKodak Portra400とフジACROS100。

いきなり言い訳から始めると、先日購入したF80Sはどうも巻き上げに問題があるらしく、シャッターを切ると時折ミラーが上がったままになりエラーを吐き出す。そのままもう一度シャッターを切ると何事も無かったかのようにエラーが消えるのだけど、都合2コマ分を消費するという状況に時折陥るため、特にPortra400で実際に撮れた写真は少ない。

言い訳はほどほどに作例を。

N0212019

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/フジ記録用100

f:id:filmmer:20190321080129j:plain

 Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/フジ記録用100

 

N0202019

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Kodak Portra 400 

 

N0272019

 Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Fuji ACROS 100

考察を試みる

比較対象はNikon D700とSummicron 50mm F2、Summaron 35mm F2.8。

Nikon D700のCMOSセンサーが捉えた写真とPortra 400、フジ記録用100が捉えた写真を比較すると、やっぱりCMOSセンサーの色はあっさりしているなーという印象。線が細くてあっさりしている優等生タイプ。一方のPortra 400は雑味の旨味が凝縮されたようなこってり濃密な写り。フジ記録用はまぁ、、、記録用の空気感ですかね。

個人的にはACROSの写りが一番好みかも。

ベイヤーセンサーのデジタルカメラで撮った画像をモノクロ処理すると、どうしても煮え切らないもやっと感が出てしまうのだけど、そこはフィルム。きちっと写ってくれる。

N0942014

 Nikon D700/Nikkor 58mm F1.4G 

イカには時代を超えた写真へのポリシーがあるのか、私の手元にある2001年製のSummicron 50mm F2と1965年製のSummaron 35mm F2.8はぱっと見画角の違い以外あまり違いがない。よーく見ると暗部の階調だとかコントラストは違うのだけど、なにか一本の軸が通っている印象がある。

この2本のレンズと比べるとNikkor 58mm F1.4Gはコントラストが微妙に強い気がする。

N0382017Bessa R3A/Summicron-M 50mm F2/Kodak Portra 400 

 

N0442018

Bessa R3A/Summaron 35mm F2.8/Fuji ACROS 100 

N0422017

Bessa R3A/Summicron-M 50mm F2/Fuji ACROS 100 

結論: そこに湿度感、空気感はあるだろうか?

もうこれは趣味嗜好と自画自賛の世界でしかないが、私個人としてはNikkor 58mm 1.4Gが持つ空気感とフィルムの持つ湿度感はいい感じの掛け算になっていると思う。このレンズを持っている方は迷わず中古屋に走ってNikonのフィルム一眼を探すべきだと思うし、このレンズもフィルムカメラも持ってない人は今すぐ両方を買いに走ることをお勧めしたい。ことNikkor 58mm F1.4Gは後世に残す財産のようなレンズなので、持っていて絶対に損はない。

N0562014

 Nikon D700/Nikkor 58mm F1.4G 

 

N0282019

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Fuji ACROS100 

 

N0292019

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Fuji ACROS100 

デジタルカメラとこのレンズの組み合わせでも充分に美しいボケと空気感を味わえるが、かつてこのレンズとD700で撮った写真を眺めると、あまりにクリアかつシャープ過ぎて湿度ゼロの世界を撮ったような、生気の薄い写真のように思う。

f:id:filmmer:20190320235451j:plain

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Fuji ACROS100 

f:id:filmmer:20190320235741j:plain

Nikon F80S/Nikkor 58mm F1.4G/Fuji ACROS100 

加えてデジタルの特性上光源があっさり白飛びしてしまうので、光芒だとか陽だまりをぼかしつつ撮る事を考えたらこのレンズはやっぱりフィルム向けかもしれない。

レンズの空気感とフィルムの湿度感がマッチするかもしれないという私の見立てを裏付けるためにも、もう少し検証を続けようと思う。

東京マラソン2019に思うこと

フィニッシュラインが見えた時、朦朧とした意識の中にじわじわと込み上げる達成感があった。気温6℃の冷たい雨と風の中、初めてのフルマラソンのゴールまで後十数メートル。手首から先の感覚は既になく、ずぶ濡れの靴の中の足は別人の足の裏のようだった。

f:id:filmmer:20190307200705j:plain

 

続きを読む