僕の使っている35mmレンズは、1965年に製造されたライツ製のSummaron 35mm F2.8なのだが、製造から60年が経過した製品を毎日のように使っていたからか、さすがにくたびれ感が顔を覗かせてきた。
絞りリングの挙動も心細いしクリック感も頼りないし外装もやれてきたし。
このまま常用し続けることが怖くなってきたので、新たな常用レンズとしてCarl Zeiss C Biogon 2,8/35を購入した。

M6に取り付けた時のこの質感!謙虚ながらきっちり主張するシルバーの存在感!*1
Summaron 35mm F2.8はライツ黄金期の最期、ライツが終焉に向かう時期に製造された最後の輝きのような製品で、光学性能も申し分ない上に造作が素晴らしい。
隠れた名作と呼ばれているこのレンズがボロボロになる前に、普段使いのレンズを用意した方がいいだろうと考え始めてから一年ほど。やっと納得できるレンズに出会えたと思う。
- Biogonというレンズについて
- C Biogon 2,8/35 ZMについて
- 小括1: C Biogon 2,8/35の印象と考察
- 小括2: C Biogon 2,8/35はどんな人にむけたレンズか
- なぜライカのレンズを選ばなかったか
- ZEISS ZMシリーズについて
- 未来へ向けて
Biogonというレンズについて
Biogonとは1934年にルートヴィッヒ・ベルテレにより開発されたレンズの構成で、超広角でも隅から隅まで破綻せず歪曲も抑え込むという驚異的な性質がある一方、後玉がフィルム近くまで飛び出すという我儘かつユニークなレンズ構成だ。
この構造は特に一眼レフにとって大きな不都合となることから、一眼レフ開発に重きを置いた日系メーカーはこの様式のレンズ開発に積極的ではなく、ハッセルブラッドに至ってはこのレンズのためだけにSWCというカメラを作ってしまった*2

とりわけハッセルブラッド SWCのために制作されたBiogon 38mm F4.5は傑作として名高いレンズで、極端にバックフォーカスが短く、もうすぐフィルム面...ということろまで後玉が迫っている。換算21mmなのに全く歪曲を感じさせず、現像したネガを見た時点でハッとする。そんな素晴らしい画質だ*3。このカメラは死ぬまで手放さないと思う。
C Biogon 2,8/35 ZMについて
2008年に発売されたこのレンズは、かつてContax用に開発された「評価の高いクラシックレンズ」を下敷きにして設計されたレンズだ。
評価の高いクラシックレンズとは、Contax向けに設計された1952年製のBiogon*4のことで、当時の設計思想を現代の技術で再設計した製品とのこと。製品名に付く"C"はコンパクトの意味を込めているようだが、実際はその裏にContaxの"C"を忍ばせているのだろう。

Super Angulonほど極端ではないものの後玉はきっちり飛び出していて、Biogon型の直系であることを感じさせる。
早速M11-Dに装着して街に出る。
ブログに載せる作例写真の一枚目はキャッチーにしといた方がいいらしいので追加。

Biogonといえば建築物だろうと考え横浜へ足を向けたのだが、帰宅後ディスプレイに広がった幾何学模様に思わず声が出た。
コントラストは高いものの暗部も明部も隅々までディテールが豊富で猛烈に解像している。歪みを限りなくゼロに押さえ込むBiogon型の良さが端的に現れていると感じる。

「情のある写り」という表現があるが、あの言葉の意図が僕にはいまいちわからない。
オールドレンズのように周辺がボケたりヨレたりする描写が「情」なのだとしたら、C Biogonには情らしい情はなさそうだ。隅から隅まで均質に解像する気持ちよさにBiogonらしさを感じる。

ここからは絞りをF8-F11に合わせて、ゾーン内に入ったものを撮って行くいつものスタイル。
レンズの取り回しの話になるが、C Biogonは鏡筒に刻印された被写界深度目盛りがぎゅう詰めになっておらず、回転角が十分に確保されている。
被写界深度目盛りや距離の目盛りが狭い感覚で並んでいると、フォーカスに入っているのか不安になるが、C Biogonの場合は目盛り間隔が十分なので安心感で写真に集中できる。ありがたい。

一張羅のオールドレンズでずっと撮っていたからか、こってり濃厚な赤に驚く。
オールドレンズだと周辺が主張しないので、どうしても物語の主題が中心に寄ってしまうが、ここまで周辺が締まっていると空間のパース感が生きてくる。

C Biogonはガラスを透過・反射した光の形を上手に捉えるレンズだと思う。
床に散らばった光を実に上手に回収している。ガラスを通して様々なかたちに変形した「光」が、レンズというガラスの集合体を通って結像した結果だと考えると胸躍るものがある。

光の捉え方の試行を続ける。
設計の良さなのだろう。コントラストのバランスが良く、そのシーンの光と影を「より写真的に落とし込む」まとめ方をしていると感じる。
あやふやな動機でシャッターを切ったあとに、写真の方から「これでしょ、撮りたかった景色」と目の付け所を提示されたような一枚。

寄れないレンジファインダー用の35mmレンズにボケを求めるのは野暮だと思うと思いつつお試し。
光源に関しては変な滲みも歪みもない、綺麗な丸ボケだと感じる。


ガラスやスチール、プラスチックのような工業製品から一転して、暖かみのある素材で作られた内観。フレームの外から差し込む冬の日差しを柔らかく反射する壁の素材感がよくわかる描写。

作例写真を追加。
暗部と緑色の分離がとてもよく絵画的な描写だと感じるが如何だろう?

最後に開放で周辺落ちをおさらい。
開放だと周囲の光量落ちがあるものの、ドラマティックな周辺落ちと理解していい水準。むしろ好ましい自然な周辺落ちだろう。開放でこれだけ撮れるのは凄いことだし、普段フィルムばかり使っているからか雑誌の背表紙の解像感に眩暈がする。

今回はM11-Dでレンズ性能を追ってみた。近々M6でも試してみようと思う。
小括1: C Biogon 2,8/35の印象と考察
C Biogonを付けっぱなしにして数日撮り歩いてふと気付いたのだが、Photo Yodobashiの作例から想定していた写りとだいぶ異なり、繊細さとパンチ力を感じる。
これは斜めに入射してくる光を受け止めるために改良されているセンサーを採用したM11の特徴を考えると一理あることで、C Biogonのように後玉が飛び出しているレンズをM10以前のM型ライカや、ミラーレスカメラで使った時と違う結果をもたらすことが容易に予想される*5。センサーの進歩によりレンズの本性がより明らかになったと言ってもいいだろう。
もしかしたらC Biogon 2,8/35はじめ、ZMシリーズのレンズははM11系ボディで化けるかもしれない。
いずれにしても、設計から18年以上が経過しているとはいえ、総じて素晴らしい光学性能だ。
Contaxのオマージュかと思わせておいて全然レトロさがない。隅々まで気持ちよく解像する様はむしろ現代のレンズだし、2025年に新発売されたレンズと言われてもなんら疑いようがない。味とか情に寄りかからず純粋に数学的な最適解を提示した、そんな文句のつけようのないレンズだと感じた。
小括2: C Biogon 2,8/35はどんな人にむけたレンズか
カタログ値が凡庸なのであまり目立たないレンズではあるが、最高クラスの光学性能が驚くほど小さく纏まっているこのレンズは、ストリートフォトや旅のお供にうってつけだ。
この世界を隅から隅まで、ありのままに捉えたい欲望を叶える相棒になるだろう。
外装の仕上げも大変素晴らしく、ライカにまったく見劣りしないが、リセールバリューを気にする人や所有欲を満たしたい人、「あと少しお金を出したら、F2.8がF2になる…」という発想の人は、お金を貯めてApo-Summicronに直行された方が幸せになると思う。
なぜライカのレンズを選ばなかったか
普通に考えたらSummaronの代替品は現行品のSummicron 35mm F2 ASPHだと思うが、現物を見に行ったらあまり刺さらなかった。欲しかった真鍮素材のシルバー鏡筒モデルが数年前にディスコンになったというのもあり、触った感じがSummaronのそれと違い、なんだか気分が上がらなかったのだ。
うーん…と悩んでいる時、いままで現物をみる機会がなかったC Biogon 2,8/35と目が合ってしまった。
店員さんに棚から出してもらいお触りすることしばし、フォーカスリングを回す時のトルクも適度に重く絞り環のクリック感も良い。想像以上に感触が素晴らしかったので、試写して比べてみたら思っていたよりもC Biogonが優秀で全然優劣がつかず。これはもしかしたら…という思いが膨らむ。
その後もしばし悩んだが、Summicron 35mm F2 ASPHに対して60万円以上も払う理由が見つからなかった。
価格差を正当化しようと考えれば考えるほど、今のライカの商売に疑問符が増えるだけだったので、考えることをやめてお見送りとした。レンズって一定の水準を超えてしまえば、あとは感触の合う合わないの世界なので、感触が良かったものが正解だ*6。
ZEISS ZMシリーズについて
Mマウント互換のZEISS ZMシリーズは、元々2005年頃に発売したフィルムカメラ、ツァイスイコン向けのレンズとしてラインナップされたものだ。
設計は本国Carl Zeissが、製造は日本のコシナが行ない*7、品質管理をCarl Zeissの基準で行っている。舶来物フェチの方からは「なぁんだ、日本製か」と嘆かれそうだが、設計と品質管理が Carl Zeissで製造が日本というのは黄金の組み合わせではないだろうか。
ツァイスイコンは2013年頃に終売となったが、ZMシリーズのレンズはボディ終売以降も製造が続けられ、何を考えたか2015年には新製品としてDistagon 1,4/35が投入された。ボディ、ないのに。
ZMシリーズの設計者も、デジタルカメラがここまで高画素化しフィルムカメラを駆逐するなんて想定していなかっただろう。それでもこのレンズ群が一向に古臭くならないのは、基本設計の優秀さ故ではないだろうか。
僕自身「これは、もしかしたら…」という感触を得ているが、Ken Rockwellのレビューも好意的だしSteve HuffによるApo-Summicron 50mm F2とPlanar 50/2 ZMのブラインドテストの結果や、Jkspepperなる方のApo-Summicron 35mm F2と本レンズの比較記事を読む限り、このシリーズは決してライカレンズの安価な代替品ではなく、Mマウント向けレンズのもうひとつの解ではないかと確信している。
時代の流れに負けない「設計の強さ」はもっと評価されるべきだし、M11系で化けるレンズだとしたら、僕たちはZMシリーズのレンズ群を見直す時期に差し掛かっていると考えるが、いかがだろうか?
未来へ向けて
この記事を書くに当たって2005ごろの資料をひっくり返してみたところ、なんとZMレンズの価格はこの約20年間一回も値上げされていなかった。
値上げばかりのこの時代において、これほど長期間価格を据え置き、供給を続けてくれる製品も珍しい*8。
前述のSummicron 35mm F2 ASPHは、2005年時点で¥256,200なのでこの20年間で約37万円も値上げされている*9。カメラ事業をブランド品のように展開するライカカメラと、医療から半導体まで幅広く手掛けるCarl Zeissのビジネスを同列に扱うことはできないが、急激かつ連続する値上げは短期的視点に立ちすぎていて健全ではない。
持続可能性という面から危機感を感じるのは僕だけではないはずだ*10。
*1:僕はブラックボディにシルバーのレンズの組み合わせが好き。円柱と直方体という量塊は本来うまく融合できないエレメントだが、色を変えることで別の存在にできるから。
*2:伝え聞くところによれば「ツァイスがレンズを設計するから、ハッセルブラッドはそのレンズに合うカメラを作ればよい」という超強気発言があったらしい。https://medium.com/full-frame/cameras-ive-clicked-with-3-bf5c69a214bb
*4:Contax向けBiogonは戦前のモデルもあるが、5群7枚のレンズ構成となっているのは戦後モデルであり、構成もよりオリジナルのBiogonに近いことから、本レンズの下敷きになっているのは戦後のContax Biogonだろう。非球面レンズを使わない設計思想が徹底してるのも面白い。
*5:斜めからの入射光の問題は後玉がせり出しているSuper Angulonで顕著だった。この問題がM11で大幅に改善したことを考えれば、程度は違うにせよ後玉がセンサーに迫るC Biogonでも画質の改善はあるだろう。比較できる環境にないので古いボディを持っている方はぜひチャレンジしてみてほしい。
*6:ライカ製品について巷で言われる「触った時のあのいい感じ」と同じ水準に「いい感じ」がC Biogonから感じた。ライカが良いのは知っているが、文字の羅列やストーリーを価値として消費することが苦手なので、ライカのブランド力が僕には刺さらないんだと思う。
*7:コシナ設計をZeissが監修もしくは承認という情報もあるが、20年前の記事やムック本をひっくり返してみたら、設計は本国Carl Zeissで間違いないようだ。ちなみにDistagon 2,8/15とSonnar 2/85は設計製造ともにドイツ(いずれも生産終了) 。
*8:欧米ではZMシリーズも順当に値上げされており、本記事で取り上げたC Biogon 2,8/35はUSD999(¥156,800)なので、日本の2倍の価格となっている。個人的に外国から金を毟るのはとてもいいと思う。いいぞもっとやれ。
*9:この記事を書いている2026年2月時点で¥627,000也
*10:余計なお世話ですか、はいそうですか。