analogue life

シンプルな暮らし

手帳は持たないけどノートなら持ち歩いている

今週のお題は手帳。でも、でも…手帳って今時必要?

書き始めたら随分と長い話になってしまったんだけど、お時間があればお付き合いください。

昔話の中の手帳

振り返ってみれば、そもそも手帳を買ったことがない。

個人的に手帳って腕時計だとか日経新聞みたいなカテゴリだと捉えている。社会人になったら持たなきゃいけない物と言うか、ニホンシャカイが個人に無言で押し付けてくる無駄の一つという括りだ。日本の新卒社会人の滑稽さは七五三に似ていて、晴れ着を着て千歳飴ぶら下げて歩く行為を22,3歳になってもう一度やっているようなものだと思う。

昔から続いている風習だったのもわかるし、偉い人に言い分があるのもわかるけど自分の中でしっくり来ないカテゴリなのだ。

遠い昔、パソコンのない時代の外回りおじさんたちは電話番号を書き込んだ手帳とテレカと小銭がないと仕事が成り立たなかった。

自分が新卒社会人になった時、偉いおじさんに手帳もテレカも小銭も持たないなんてお前は社会人失格だと言われたこともあったけど、電話番号なんてみんな携帯に登録してるし、一日の用事も覚えられないなんてアホじゃないですかと(丁寧に)言い返した記憶がある。

いい年になった今、過去を振り返ってみると当時の僕の主張は真っ当なのだ。

1分1秒単位で仕事をするほど忙しい人なんて日本社会にほとんどいないのだ。よしんばそんな人がいたとして、彼らは時計の秒針なんて眺めてる場合じゃないのだ。一日の予定を手帳に書き込まなければスケジュール整理できないほど忙しい人なんていないのだ。そこまで忙しいエグゼクティブには既にアシスタントがいるのだ。日経新聞の情報が仕事に直結する人なんてごく一握りなのだ。少なくともほとんどの人には関係ない話だし、世の中にはもっといいニュースソースがあるのだ。

腕時計をしろだの日経を購読しろだのという無言の押し付けは、小学生に学校指定の自転車を売りつける地場の業者だったり指定の本屋でないと教科書が買えなかったりするのとおなじで、マナーだとかルールをちらつかせて人の財布に手を突っ込んでお金を引き抜くスキームの延長線にある風習なのだ。日本式共産主義といっても良いかもしれない。

新卒社会人の頃に世の中って変だなぁと感じた自分は未だに時計なんてしないし日経なんて取ったことないし(読まないし)手帳も買ったことがない。30代半ばくらいまでスケジュールもタスクも全て自分の頭で全て覚えていられた。

一度「ほぼにち手帳」にぐっと来たことがあって中身を見たけど結局使わなかった。

現代の手帳の在り方

昔話から現代に時計の針を戻すと、テクノロジーの進歩に合わせて本来ならば手帳の在り方だとか存在意義も変わって然るべきなのに、未だに旧来の「手帳」が文房具屋にあること自体変だし、DXだのSDGsだのって言葉が大好きな社会が手書きの手帳を新卒社会人に押し付けてるのだとしたらそれは大変由々しきことなのだと思う。

音楽がデジタル配信になり、写真がディスプレイで眺めるデジタル写真に取って代わられたように、スケジュールや宛先管理やメモはもうOutlookとOffice365にお任せでいいんじゃないかと思う。要するにもう旧来の手帳はいらない、忙しい人ほどスマホタブレットに仕事のスケジュールやメモを同期しておけばいいからだ。

事務作業がメインのサラリーマンなら、手書き手帳の価値はもしかしたらもうないかもしれない。

手帳はいらないけどノートは要る

まだまだ自分は若いので記憶力も衰えていないと考えていたんだけど、長年の高濃度アルコール漬けと仕事のやりすぎが脳を蝕んでいるらしい。仕掛かりの仕事がどこまで行ったか忘れてたり、仕事を完了するまでのスケジュールがあやふやになったりしてきたので、数年前くらいから手帳が必要な年齢になってしまった感がある。どんなに強がっても自分も所詮は人の子で、生物なのだ。

とはいえここまで手帳をボロクソに貶してきた手前、自分は手帳ではなくノートを使うことにしている。

最近ロイヒトトゥルムのノートがとてもしっくりきている。

このノートは表紙が丈夫なのでかばんに乱暴に入れておいても大丈夫なところが良いし、適度な重量感があってシンプルなところも良い。

手帳のようなカレンダーもないしページに時間軸だとか日にちが振られている訳じゃないので、ページの左肩か右肩に日にちを書いて必要なことをメモしている。スケッチやメモの書き溜めが目的なので、これで十分だと思う。

ある時期メモならiPadでもいいんじゃないかと思いEvernoteだとかSimple Noteも試したみたけど、自分の場合はあのスタイラスが画面をなぞる「ツルツル感」がダメだった。ペン先が紙をなぞる「ザラザラ感」が指に伝わる方が好きだし、暗い部屋でピカピカ光るディスプレイに向かっていると、オフィスと仕事を連想してしまうこともダメだった。

気分が仕事モードに切り替わるとゆっくり考えることができない。焦ってしまうし書いているうちに疲労がどんどん溜まる気もする。要するに「仕事っぽい何か」になると気分は上がらないのだ。

ロイヒトトゥルムにも色々種類があるが自分のおすすめはA5サイズのドット方眼。

手に持った時のサイズ感もいいし上から下までぎっちりかける感じもいい。ドット方眼だと寸法を考えながらラフにメモするときもプロポーションが崩れないのがいい。

同じドイツ製だからかLAMYのSafariはロイヒトトゥルムのノートと合う気がする。

モレスキンじゃだめなんですか?

ロイヒトトゥルムとモレスキンはどちらもゴムバンドで止めるハードカバーノートなのでどっちを選んでも大した違いなんてないと思うのだが、僕はロイヒトトゥルムが好きだ。というか、製品のヒストリーをでっち上げてモノを売ろうとするモレスキンが嫌いだ。

ゴッホピカソが愛したという触れ込みが本当かどうかは別として、今のモレスキン社が主張する「ゴッホピカソが愛した過去のモレスキン」と現代のモレスキンは全くの無関係で、今の会社は過去の製品にただ乗りしてマーケティングしている会社に過ぎない。おまけに紙の質がよくない。インクがガンガン裏に抜けてくる。コンビニで売ってるキャンパスノートの方が全然いい。

でっち上げというと言葉が悪いけど、ぎりぎり嘘じゃない嘘を継ぎはぎして編んだヒストリーでマーケティングするのってどうなのよ。

自分の出したお金が意識高い系を相手にしたマーケティングに使われると思うと鳥肌が立つので、モレスキンに関しては現状あり得ない。紙のクオリティとマーケティングを変えてくれたら使ってもいいけど、クオリティに真正面から向き合って嘘偽りのないマーケティングをするモレスキンはもはやモレスキンじゃないと思う。

www.bungusekai.tokyo

ロイヒトトゥルムを指して「モレスキンのコピーですよね」っていう人がたまにいるけど、企業として長くやってるのは前者の方なので、マーケティングってオッソロしいなぁって思う。

 

 

今週のお題はてな手帳出し