analogue life

シンプルな暮らしとフィルム写真のこと

2019-01-01から1年間の記事一覧

2019年のフィルム家計簿

早いもので今年も残すところあと僅か。フィルムが足りなくなると近所のお店で1本ずつ買っては装填する…といったサイクルでフィルム写真と向き合ってきたのだが、フィルムやら現像やらにかかる費用をざっくり集計してみたら、私のコスト感覚が随分とドンブリ…

EPSON GT-X 980の良いところと致命的な点について

中判フィルム写真を始めた時におそらくぶつかるであろう壁のひとつがスキャナーだと思う。 HASSELBLADのFlextightはいつの間にか製造終わってしまったしPlustek社製のOpticfilm120は作ってるんだか廃番になっているのかわからない状況。おそらく一番手が出し…

Foveonモノクローム

ここ最近、自宅の防湿庫の中からSIGMA DP1Merillを引っ張り出して使っている。 久しぶりに使ったDP1は悪くない…というかモノクロ専用機として絶好調すぎる。このblogの目的はフィルム写真に関することを書くためだけど、たまにはデジタルのことを書いてもい…

嵐の前の観音崎を歩く

台風19号が首都圏を直撃する前日に、何故かふと観音崎の思い出が頭をよぎった。 最後に観音崎に行ったのは数年前。友人達と横須賀中央駅から浦賀駅を目指して散歩している途中に観音崎に寄ったのが唯一の観音崎訪問だったのだが、あの頃は結構な時間仲間たち…

最後のACROS

ストックしておいた最後のACROSを冷蔵庫の奥から取り出した。真夏の太陽がぎらぎらと照りつける土曜日の朝、リビングのエアコンを夜通しかけっ放しにしていたにも関わらず部屋の気温は朝から高い。 冷蔵庫から取り出されたフィルムは、部屋の湿気を纏いうっ…

旅するカメラとしてのライカ

改めてM型ライカの良さを知る。 旅カメラというジャンルがあるとすれば、ライカは正に旅カメラの王道じゃないだろうか。今回数週間の旅をM6と共にしてその良さを改めて実感した。 堅牢でありながら取り回しが軽快で、シャッター音もおとなしい。ポートレート…

シンガポールのフィルムカメラ事情

仕事でシンガポールにしばらく滞在していました。 リュック背負って日本を飛び出して、毎日のように屋台とランドリーと仕事場を往復する日々。出発前に髪を切りに行くのを忘れていたので、髪はボサボサだし身なりはヨレヨレだし。元々が自由人なので全く気に…

2019年上半期の写真を振り返る。

最近、まったく写真を撮ってない日が続いている。カメラをぶら下げて街を歩いていてもファインダーの先にある景色の何が面白いんだかさっぱり解らず、1、2枚撮って帰ってきてしまう。撮った写真を現像して眺めても何も感じない、面白いと思えない。そんな日…

写真フィルムとフィルム写真の将来に思いを巡らす

2週間ほど前に方々で話題になった富士フィルムのフィルム価格改定の件。 具体的にフィルムのどの材料が値上がりしているのか外野からは中々解りづらいけど、物流コストが増加しているのは職業柄肌で感じているだけに富士フィルムとしても苦渋の選択だったの…

写真を言語化するという試み

いままでそんなに深く考えてこなかった構図や技法や被写体の話。 自分の写真をより魅力的な何かにしたいのであれば、やっぱり自身のことを良く知る必要があると感じたので、ちょっと怖いけれど自分の考えを文字に起こしてみようと思う。 photograpark.net 多…

令和元年に持っていく機材

今年のゴールデンウィークはまさかの10連休。 SNSを眺めていてもラジオのニュースを聞いていても、一人旅に出たり家族とどこかへ出掛けたり友達同士で飲みに出掛けたり…と世間はとても充実している様子なのに、私はこの10日間出掛ける当てもなければ予算も立…

撮った写真をきちんと世に出して行くと決めた

自作を指差して「作品」呼ばわりできない 自分の写真を指差して「作品」と呼ぶと、あまりのこっぱずかしさにとてもむず痒い気分になる。もしかしたらあまりの恥ずかしさに、赤面して穴を掘って飛び込んでしまうかもしれない。そのまま首の骨でも折って土に埋…

都市開発という暴力

記憶喪失都市:東京 東京オリンピックまであと1年。東京の至る所に工事現場が展開され、ついこの前までそこにあったはずの建物が忽然と消え去っている場面に頻繁に出くわすようになった。かつてそこにあったはずのビルが更地にされ、大手デベロッパーやゼネ…

東京マラソン2019に思うこと

フィニッシュラインが見えた時、朦朧とした意識の中にじわじわと込み上げる達成感があった。気温6℃の冷たい雨と風の中、初めてのフルマラソンのゴールまで後十数メートル。手首から先の感覚は既になく、ずぶ濡れの靴の中の足は別人の足の裏のようだった。