analogue life

シンプルな暮らしとフィルム写真のこと

春はあけぼの、カラーネガに残る写真たち

僕の趣味の中に「写真」は無いことになっている。

写真が生活の中に入りすぎていて寝起き食事、なんなら呼吸することと同じくらい当たり前になりすぎていて趣味枠に入らないから…こう表現すると滅茶苦茶カッコいいんだけど、実際は「写真撮るのが好きなんですよ〜」と答えたあとに99.9%の確率で返ってくる「どんなものを撮るんですか?」という問いかけの回答に非常に困るから。

 

もし僕が有名女優を片っ端から撮ってる超売れっ子写真家なら、「よしきた!」とばかりにど真ん中に150kmのストレートをぶん投げ返してこの会話のキャッチボールを終えられるのだけど、そんな肩書きもわかりやすいテーマもなく、なんなら道路標識を撮って面白いと思っていたりするので、この会話のキャッチボールは事実上困難なのだ。

 

こんなものを撮っているんですがな…と差し出した写真たちは大抵彼らのカジュアルな質問への回答になっていない。

必死に考えて捻り出した回答も受け取る側からしたら超高速ナックルジャイロシェイクボールのようなものなのだろう。ほとんどの人がキャッチできない。打てるもんなら打ってみろ!じゃなくて捕れるもんなら捕ってみろ!みたいな感じ。

 

 

カメラを持った透明人間になってこの世界の有様を撮っている。

僕が撮っている写真を文字に起こすとこれが回答なのだけど、こんなこと言ってもまるでポエムだし写真に興味がない人にストリート写真なんて言ってもほとんどの人が理解してくれない。意識が斜め上に向いてる人が相手だと肖像権がどうたらって話になって面倒臭いので、先日は「ど、道路を撮ってます!」と答えたら怪訝な顔をされて会話が終了した。もういい。それでいい。

 

 

ここからが本題。春はあけぼのカラーネガ。

あたたかな陽気とうっすら霞がかった空気に誘い出されてぶらぶら写真を撮ってきた。いつもの浜辺からぶらぶらし始めて桜並木が美しい川沿いの住宅街を歩いてきた。昨年末にようやくVISION 3の自家現像に慣れてきたので最近は安定して良い結果が得られている。

2024年の世界の有様の一部を見ていってほしい。

いまは個々の写真の説明やキャプションを書く時間も気力も無いのだけど、2024年春のスナップショットたち、僕にとっては大切なネガと写真たち。どこかで写真について語れる時間が来るだろうか。意識に貼り付いたもやもやが取れて、上手な言葉で写真を包んであげることができる日が来たらいいのだけれど。

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写真は全てLEICA M6, Summicron-M 50mm F2/Super Angulon 21mm F3.4 Kodak VISION 3

さよなら⌘Z

春はあけぼのカラーネガ、ということでVISION 3をカメラに詰めて週末の散歩に出かけた。

ここ数年はほとんどフィルムカメラしか持ち出していなかったのだけど、今年は思うところがありデジタルも一緒に持ち出して気の向くままにシャッターを切ってきた。出番の少ないデジタルを手放す前に最後に一緒に散歩してみたかったのだ。難しいことを考えずに頭空っぽにしてこの世界を面白がってみようと思い、行き先を考えずにふらっと外出した。

カラーネガで撮った写真は後々現像するとしてまずはデジタルカメラで撮った2024年の春を数枚掲載する。

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今回はHASSELBLAD SWCにデジタルバックをつけてあちこち散歩した。

SWCの性質上ピントは目測だし、ライブビューが事実上出来ない*1のでファインダーの上下1/5程度が見切れることを織り込んで撮るのだけど、被写体を探してぶらぶら歩きながら同時に目測で距離感を測るのが妙に楽しい。

 

あらかじめ断っておくと、SWC Biogonとデジタルバックの組み合わせは現代的な超高画質ではない。

高画質のCFVと伝説のレンズであるBiogon 38mmの組み合わせに興味がある人には残念なお知らせになるが、このレンズは120フィルムを通した時に最高のパフォーマンスを出すものなのだ。33x44センサーと組み合わせると至って普通の28mm相当のレンズだ。そもそも設計が古いレンズだし焼き鳥屋の写真のように微妙なピンボケを量産する*2のでピントがびしっと合った現代の作例写真みたいな仕上がりを期待するとずっこける。

それでもCFVが捉える色の深さや材質の質感は凄いものがあるし、解像度に全振りしている現代のレンズに比べると人間的なゆるさがあっていい。

 

実はここ数ヶ月デジタルハッセルを手放そうと考えていた。10年くらい前からほとんどフィルムで写真を撮っていてデジタルを出す場面が少なかったから。

売ることを前提にデジタルハッセルと最後のおでかけのつもりでフィルムカメラの名機であるSWCにデジタルバックを付けて出歩いてみたら思いの外楽しかった。

クランクを回してチャージしシャッターを切るという行為、目測でフォーカスを合わせ露出を考え、ファインダーの中をぐるっと見回して写る範囲を勘で決めて撮るという行為が極めてアナログなのだ。出てくる画像がデジタルファイルというだけで、この不便さにはフィルム写真に通底する面白さがある。

一日この組み合わせで歩いていたら、CFVと907xのセットを手放す気がなくなってしまった。陳腐化しずらいシステムだし、もうしばらくこの組み合わせで遊んでみよう。

さよならハッセルブラッドという決心は⌘Zでなかったことにした。

 

お試しでデジタルバックを付けてみたら思いの外デジタルバックが重く1.6kgを超えていた。首がもげる。

*1:SSをバルブに合わせてシャッターを開きっぱなしにしている間に背面液晶でピントと構図を合わせ、その後SSを合わせてシャッターを切るというとんでもなく面倒臭いことをやれば可能

*2:SWCは無限遠をヘリコイドの端に合わせて運用するのだけど、どういうわけかCFVは被写界深度が指標以上に狭く通常のSWCの運用をするとフォーカスブレまくりになるなる

今月のあとがき: 2024年3月

今年も四半期おしまい。猛スピードがすぎる。

先日ちょっと長めの休暇を取って少し体を休めたけど、健康的でも文化的でもなく最低限どうにか生きてる感じ。そういえば最近ドクターストップなる言葉を聞かなくなったけど、現代は疲れた人にストップをかけず壊れたiPhoneのように使い捨てする時代なのかもしれない。セルフケアとか「自分の機嫌は自分で取るもの」なんて雇用者側の責任放棄を有り難がって使う人はまるで食肉工場を讃える屠殺前の家畜じゃないか…なんてネガティブ思考ど真ん中の3月のあとがき。

3月はたくさん写真を撮れた

今月は6ロールくらい写真を撮った。

世間的にはそんなたくさんじゃないかもしれないけど、2月は全く撮れなかったのでこれくらい撮れると満足感ある。

身体と心の疲労がまだ続いているので遠出はあまりせずに身近な場所とか身の回りを撮った写真ばかり。もう少ししたら現像して纏まりのない写真だけどいつかきちんと形にしてあげたい。

カメラ1台とフィルム2本を持ってぶらぶらするのが最近のお気に入り。2台目とか交換レンズ持って歩くのはちょっと野暮ったいので。

大和芋をずっとたべてる

なんだかわからないけど大和芋が美味しくて美味しくて美味しくて仕方ない。

ある日は鯖節をかけて炊き立ての白米に乗せまたある日は漬けまぐろに乗せ薬味を山盛りにしてむしゃむしゃ食べてる。

急に何かがおいしく感じる時は何かが身体の中で不足してる証拠だよって言われたのだが、確かにいまのぼくの身体…と心には優しさが不足している。どこかに優しさ落ちてませんか?優しくしてくれる人いませんか?

大和芋バット。そろそろプロ野球も開幕。

AirPods Proを(仕方なく泣く泣く)買った

タイトルを読めば理由は推察頂けると思う。

あぁ〜高えなぁとか見た目変わり映えしないなぁとか文句たらたらで買った理由は、片方落としたか電池が死んだかケースを無くしたかのどれかだ。

たかがイヤホンで3万円超えるのはほんと解せない。音質が最高でもないのにこの値段…と考えるとさらに解せないのだけど、この便利さはやっぱり手放せないのだ。ぐぬぬ。。

昔は目新しい機能にわくわくしたアップル製品だけど、最近は便利さを手放せずに仕方なく買ってる印象があって、これがAppleの印象を無意識に悪くしてる感がある。どうだろう?

ノイズキャンセリングOFF時に外部音とのバランスが良くなったり音質も少し良くなったけど…あんま変わり映えないなぁ。Airpods...。

温泉ラブ、熱海ラブ

お休み中にちょっと熱海まで足を伸ばした。

駅を出てすぐに足湯にドボン。腰掛けている後ろでは鳩も温泉のおこぼれに預かっていてとても平和な平日。隣にいるサラリーマン風の兄さんは仕事をサボって足湯に入ってたらしく、仕事の電話を受けてそそくさと退散していた。日本社会はこれくらいユルユルでいいと思うし、僕はユルユルで生きていきたい。同僚と話すだけなのに言葉を選ばなければいけない環境ってとても不健全だと思う。もういっそのこと仕事辞めてどこか消えちゃおうか。

足湯最高!!!!

写真は全てGR III